四分律卷第三十九 三分之三
姚秦罽賓三藏佛陀耶舍 共竺佛念等譯
衣揵度
爾の時、世尊、波羅捺國鹿野苑中に在せり。時に五比丘、世尊の所に往て、頭面に禮足し、却て一面に住せり。五人、佛に白す、我等、當に何等の衣を持すべきやと。佛言く、糞掃衣及び十種衣を持すことを聽す。拘舍衣・劫貝衣・欽跋羅衣・芻摩衣・叉摩衣・舍兎衣・麻衣・翅夷羅衣・拘攝羅衣・嚫羅鉢尼衣なり。是くの如きの十種衣、應に染めて袈裟色に作して持せと。爾の時、比丘、塚間衣を得。佛言く、畜ふことを聽すと。爾の時、比丘、願衣を得。佛言く、畜ふことを聽すと。爾の時、比丘、道に在て行く。塚を去ること遠からずして、貴價の糞掃衣を見。畏愼して敢て取らず。佛言く、取ることを聽すと。
爾の時、世尊、舍衞國に在せり。時に大姓の子有て出家す。市中の巷陌、糞掃の中に於て弊故衣を拾ひ、僧迦梨に作して畜ふ。時に波斯匿王夫人、見て慈念の心生ず。大價衣を取て之を破り、不淨を以て塗り、之を外に棄つ。比丘の爲の故なり。比丘、畏愼して敢て取らず。比丘、佛に白す。佛言く、若し比丘の爲ならば應に取るべしと。爾の時、比丘有り、大姓の出家なり。市中の巷陌・厠上・糞掃の中に於て、弊故衣を拾ひ、僧伽梨に作して畜ふ。時に舍衞長者、見て心に慈愍を生ず。多くの好衣を以て巷陌、若しは厠上に棄て置く。比丘の爲の故に、人をして守護せしめ、人をして取らしめず。時に諸の比丘有り、直視して行く。村に入る時、衣を守護する人、語て言く、大徳、何ぞ左右を顧視せざるやと。時に比丘、見るも畏愼して敢て取らず。諸の比丘、佛に白す。佛言く、若し比丘の爲ならば取ることを聽す。爾の時、比丘、塹の中に死人衣を得。畏愼して佛に白く。佛、問て言く、汝、何の心を用てか取るやと。答へて言く、糞掃衣を以て取る。盜心を以て取らずと。佛言く、不犯なり。自今已去、坑塹の中の死人衣を取るべからずと。爾の時、居士有り。衣を浣ひ已り、晒して壁上に置く。時に納衣の諸の比丘、見て是れ糞掃衣なりと謂て便ち取る。時に居士、見て語て言く、取ること莫れ。是れ我が衣なりと。比丘言く、我は是れ糞掃衣なりと謂へり。故に取るのみと。便ち之を放て去る。彼の比丘、畏愼して佛に白く。佛言く、汝、何の心を以てか取るやと。答て言く、糞掃衣を以て取る。盜心を以て取らずと。佛言く、無犯なり。自今已去、園上、若しは籬上・塹中に在る糞掃衣を取るべからずと。時に比丘有り。大官の斷事處の前に於て、死人衣有り。比丘、此の人の衣を取る。時に大官、旃陀羅に勅し、死人を取て之を棄てしめんとす。旃陀羅言く、何ぞ衣を取る者をして之を棄てしめざるやと。大官、問て言く、何人か衣を取るやと。答て言く、是れ沙門釋子取ると。諸の比丘、佛に白す。佛言く、斷事處に在て死人衣を取るべからずと。爾の時、比丘、道に在て行く。塚を去ること遠からずして、未だ壞せざる死人の衣有るを見、即ち取て去る。死人、即ち起て語て言く、大徳、我が衣を持て去ること莫れと。比丘言く、汝死人、何の處にか衣有らん。故に持て去ると、止めず。死人、比丘を逐て、祇桓の門外に至り、脚跌て地に倒る。餘の比丘、見て此の比丘に問ふ、彼れ何の説く所ぞと。比丘答て言く、此れ死人、我れ其の衣を取て來ると。諸の比丘、佛に白く。佛言く、未だ壞せざる死人の衣を取るべからずと。爾の時、牧牛人有り。衣を以て頭上に置て眠る。時に糞掃衣の比丘、見て是れ死人なりと謂ひ、彼れ是くの如き念を作さく、世尊、比丘、未だ壞せざる死人の衣を取るを聽されずと。即ち死人の臂骨を取て此の牧牛人の頭を打て破る。彼れ即ち起て語て言く、大徳、何ぞ故に見て打つやと。答て言く、我れ向に汝死せりと謂へり。牧牛人言く、汝、我が死生を別たざるやと。即ち比丘を打て次でに死す。諸の比丘、佛に白す。佛言く、死人の未だ壞えざるを、打て壞せしむべからずと。
時に六群比丘、非衣を畜へて鉢嚢・革屣嚢・針筒を作り、錦文の臥氈・褥・枕・氍𣯫・獺皮を畜ふ。諸の比丘、佛に白す。佛言く、非衣を以て鉢嚢及び針筒と作るべからず。錦文の臥具氈・褥・枕・𣰽𣯫・獺皮を畜ふべからずと。爾の時、比丘、塚間に錦文の臥氈・褥・枕を得。諸の比丘、畏愼して敢て取らず。佛に白す。佛言く、取て用ることを聽すと。時に比丘有り。塚間に伊梨延陀の耄羅・耄耄羅・𣰽𣯫を得。畏愼有て敢て取らず。佛に白す。佛言く、取ることを聽す。皮を却け、草を却けて、餘を著くる者は、用て地敷を作て畜へよと。時に比丘有り。塚間に於て皮繩床・木床・獨坐床を得。佛に白く。佛言く、取ることを聽す。皮を却け、十種衣の中、隨て何の衣を以ても作て畜ふことを聽すと。爾の時、比丘、塚間に在て、繩床・木床・獨坐床を得。畏愼有て敢て取らず。佛に白く。佛言く、取ることを聽す。二種の繩を除く。皮繩と髮繩となり。餘は畜ふべしと。時に比丘、塚間に在て、輦を得、蓋を得、歩挽車を得。畏愼して敢て取らず。佛に白く。佛言く、取て畜ふことを聽すと。時に比丘、塚間に在て、瓶・澡灌を得、杖・扇を得。畏愼して敢て取らず。佛に白く。佛言く、取て畜ふことを聽すと。時に比丘に有り、塚間に在て、钁・鈎・刀・鎌を得。畏愼して敢て取らず。佛に白く。佛言く、取て畜ふことを聽すと。時に比丘有り。塚間に在て錢を得、自ら持ち來る。比丘、佛に白く。佛言く、取るべからず。彼の比丘、銅を須ふ。佛に白く。佛言く、打て相を破壞し、然る後に自ら持ち去ることを得と。時に比丘有り、牛嚼衣を得。佛に白く。佛言く、取て用ふることを聽すと。時に比丘有り、鼠噛衣を得。佛に白く。佛言く、取て用ふることを聽すと。比丘有り、燒衣を得。佛に白く。佛言く、取ることを聽すと。糞掃衣に十種に有り。牛嚼衣、鼠噛衣、燒衣、月水衣、産婦衣、神廟中衣の若しは鳥銜み、風吹いて離處した者、塚間衣、求願衣、受王職衣、往還衣なり。是れを十種糞掃衣と謂ふ。
爾の時、拘薩羅國波斯匿王、摩竭提王阿闍世と、中間に共に鬪ひ、多く人死す。時に比丘、往て死人の衣を取らんと欲して、佛に白す。佛言く、彼に往くことを聽す。若し人有て先に取れと語り、若しは人無ければ、輒ち取れと。爾の時、阿闍世王、毘舍離の梨奢と、中間に共に鬪て多く人死す。時に比丘、往て彼の死人の衣を取らんと欲して、佛に白す。佛言く、應に往て語り、然して後ち取るべし。若し人無くば輒ち自ら取れと。爾の時、衆多の居士、塚間に於て衣を脱し、聚て一處に置て死人を埋む。時に糞掃衣の比丘、見て是れ糞掃衣なりと謂ひ、之を取て去る。時に諸の居士、見て語て言く、此れは是れ我が衣なり。持ち去ること莫れと。比丘言く、我れ是れ糞掃衣なりと謂へりと。即ち地に放て去る。比丘、畏愼して佛に白く。佛言く、汝、何なる心を以て取るやと。答て言く、糞掃衣を以て取る。盜心を以てせずと。佛言く、不犯なり。大聚衣を取るべからずと。爾の時、衆多の居士。塚間に於て死人を燒く。時に糞掃衣の比丘、煙を見已て餘の比丘を、塚間に共に往て糞掃衣を取て去らんと喚ぶ。彼言く、爾るべしと。即ち共に往て彼に至り、默然として一處に住す。時に居士、見て即ち比丘に一の貴價衣を與ふ。第二の比丘言く、持ち來て當に汝と共に分つべしと。彼言く、何ぞ誰と共にか分かつや。彼れ自ら我に與へたりと。二人共に諍ふ。諸の比丘、佛に白く。佛言く、還た居士に問ふべし、此の衣、誰にか與ふと。若し居士、與ふ所に隨ふと言はば、是れ彼の衣なり。彼、若し知らずと言ひ、若し倶に與ふと言はば、應に分て二分に作すべしと。爾の時、比丘有り、塚間に往て糞掃衣を取る。遙に糞掃衣有るを見る。一の比丘、即ち占して言く、此れは是れ我が衣なり。第二の比丘、即ち走り往て取る。二人共に諍て各言く、是れ我が衣なりと。諸の比丘、佛に白く。佛言く、糞掃衣は主無し。先に取る者に屬すと。時に二比丘有り、倶に塚間に往て糞掃衣を取る。遙に衣有るを見て便ち占して言く、是れ我が衣なりと。二人倶に走て往き衣を取る。共に諍て各言く、是れ我が衣なりと。比丘、佛に白く。佛言く、糞掃衣に主無し。共に取る分に隨て二分に作せと。爾の時、衆多の居士有り、死人を載て塚間に置く。糞掃衣の比丘、見て即ち餘の比丘に語て言く、我曹、今往て糞掃衣を取らば多く得べしと。彼の比丘言く、汝等、自ら去れ。我往かずと。比丘、即ち疾く往て大いに糞掃衣を得、持ち來て僧伽藍中に至り、淨く浣治す。彼の比丘、見て此の比丘に語て語く、汝、何事をか作すやと。而も我れと共に往て衣を取らず。我れ往て衣を取り、大いに得て來ると。此の比丘言く、持ち來れ、汝と共に分つべしと。答て言く、汝、我れと共に取らず。云何ぞ共に分つべきと。二人、共に諍ふ。比丘、佛に白く。佛言く、彼の往て取た者に屬すと。爾の時、衆多の糞掃衣の比丘有り、共に期要す、塚間に往て糞掃衣を取んと。一の比丘有て、貴價衣を得。餘の比丘言く、持ち來れ、汝と共に分つべしと。彼、答て言く、我れ此の衣を得。何の故にか汝と共に分つべきと。多人、共に諍ふ。比丘、佛に白く。佛言く、先要の所得に隨へ。多少は共に分つべしと。
爾の時、佛、舍衞國に在せり。時に諸の居士、祖父母・父母死す。幡・蓋・衣物を以て祖父母・父母の塔を裹む。糞掃衣の比丘、見て之を剥ぎ取る。諸の居士、見て皆共に譏嫌して言く、沙門釋子、慚愧有ること無し。人の物を盜取して、自ら我れ正法を知ると言ふ。今の如く之を觀るに何の正法か有らん。我等、祖父母・父母の爲に塔を起ち、幡・蓋を以て塔を裹て供養す。彼れ云何ぞ自ら剥ぎ取るや。故と沙門釋子の、爲に塔を裹て供養するに似るが如し。我等、實に祖父母・父母の爲に、幡・蓋を以て塔を裹覆し供養すと。諸の比丘、佛に白す。佛言く、是くの如き物を取ることを得ず。若しは風吹て漂ひ餘處に置き、若しは鳥銜み去て餘處に著く。比丘、見て畏愼して敢て取らず。 比丘、佛白く。佛言く、若し風吹き、水漂ひ、鳥銜みて餘處に著くをば取ることを聽すと。爾の時、比丘、莊嚴供養の塔衣有るを見て即ち取る。 取り已て畏愼す。比丘、佛に白く。佛言く、汝、何なる心を以てか取るやと。答て言く、糞掃衣を以て取る。盜心を以てせずと。佛言く、無犯なり。莊嚴供養の塔衣を取るべからずと。
爾の時、世尊、王舍城に在せり。時に毘舍離に婬女有り。菴婆羅婆利と字す。形貌端正なり。共に宿せんと欲する者有り、五十兩金を與ふ。晝も亦た五十兩金を與ふ。時に毘舍離、此の婬女を以ての故に、四方の人、毘舍離に集ふ。時に國法、以て觀望極好と爲す。時に王舍城の諸の大臣、毘舍離に婬女有り、菴婆羅婆利と字し、形貌端正にして、共に夜宿するを欲する者有り、五十兩金を與へ、晝も亦た爾なり。時に毘舍離、婬女を以ての故に、四方の人、毘舍離に集り、觀望極好なるを聞く。時に大臣、瓶沙王の所に往て白して言く。大王、當に知るべし、毘舍離の國に婬女有り。 菴婆羅婆利と字づく。形貌端正なり。共に宿せんと欲する者有り、五十兩金を與ふ。晝も亦た是くの如し。婬女を以ての故に、四方の人、毘舍離に集ひて觀望極好なり。王、諸の臣に勅す、汝等、何ぞ此に婬女を安ぜざるやと。時に王舍城、童女有り。婆羅跋提と字づく。端正無比にして、菴婆羅婆利に勝る。時に大臣、即ち此の婬女を安置す。若し共に宿せんと欲する者有らば、百兩金を與ふ。晝も亦た是くの如し。時に王舍城、婬女を以ての故に、四方の人、王舍城に集ひて觀望極好なり。時に瓶沙王の子にして無畏と字す。此の婬女と共に宿す。遂に便ち娠有り。時に婬女、守門人に勅して言く、若し我を見と求むる者有らば、當に語て我れ病なりと言ふべしと。後日、月滿ち、一の男兒を生む。顏貌端正なり。時に婬女、即ち白衣を以て兒を裹て婢に勅す、持て巷中に棄著すべしと。婢、即ち勅を受け、兒を抱て之を棄つ。時に王子無畏、清旦に車に乘て往き王に見んと欲し、人を遣て道路を除屏せしむ。時に王子、遙に道中に白き物有るを見る。即ち車を住めて傍人に問て言く、此の白き物は是れ何等なるぞと。答て言く、此れは是れ小兒なりと。問て言く、死せるや、活けるやと。答て言く、故ほ活くと。王子、人に勅して抱き取る。時に王子無畏に兒無し。即ち抱て舍に還り、乳母に與へて之を養はしむ。活きるを以ての故に即ち爲に字を作して、耆婆童子と名づく。王子取る所の故に童子と名づく。後、漸く長大す。王子、甚だ之を愛す。爾の時、王子、耆婆童子を喚び、來りて語て言く、汝、久しく王家に在らんと欲するも、才技有ること無くんば空しく王祿を食むことを得ず。汝、技術を學ぶべしと。答て言く、當に學すべしと。耆婆、自ら念へらく。我、今當に何の術をか學ぶべき。現世に大財富を得て事少なきをと。是の念を作し已て、我れ今寧ろ醫方を學ぶべし。現世に大いに財富を得て而も事少なしと。念じて言く、誰か當に我に醫道を學ぶことを教ふべきと。時に彼、得叉尸羅國に醫有って、姓は阿提梨、字は賓迦羅、極めて醫道を善くすることを聞く。彼れ能く我に教へん。爾の時、耆婆童子、即ち彼の國に往て、賓迦羅の所に詣て白して言く、我れ師に從て醫道を受學せんと欲す。當に我に教ふべしと。彼答て言く、爾るべしと。時に耆婆童子、從て醫術を學ぶ。七年を經已て自ら念じて言く、我れ今醫術を習學す。何ぞ當に已むべきやと。即ち師の所に往て白して言く、我れ今、醫術を習學す。何ぞ當に已むべきやと。時に師、即ち一の籠器及び掘草の具を與ふ。汝、得叉尸羅國に於て面一由旬に諸の草を求覓し、是れ藥に非ざる者有らば持ち來れと。時に耆婆童子、即ち師勅の如く、得叉尸羅國に於て面一由旬に是れ藥に非ざる者を求覓す。周り竟て是れ藥に非ざる者を得ず。見る所の草木一切物、善く能く分別して所用の處を知らば、藥に非ざる者無し。彼れ即ち空しく還る。師の所に往て、是くの如きの言を白す。師、今ま當に知るべし。我れ得叉尸羅國に於て、非藥草を求めること面一由旬。周り竟て藥に非ざる者を見ず。見る所の草木、盡く能く分別せば所入の用處ありと。師、耆婆に答へて言く、汝、今去るべし。醫道以て成ず。我れ閻浮提の中に於て、最も第一と爲す。我れ若し死せん後は、次に復た汝有りと。時に耆婆、自ら念へらく。我、今先ず當に誰をか治すべきや。此の國既に小にして、又た邊方に在り。我れ今寧ろ本國に還て始めて醫道を開くべしと。是に於て即ち婆伽陀城に還歸す。婆伽陀城中に大長者有り。其の婦、十二年中、常に頭痛を患ふ。衆醫、之を治して、而も差すこと能はず。耆婆、之を聞て、即ち其の家に往き、守門人に語て言く、汝、長者に白せ。醫有て門外に在りと。時に守門人、即ち入て白す、門外に醫有りと。長者の婦、問て言く、醫の形貌、何似と。答へて言く、是れ年少なりと。彼れ自ら念じて言く、老宿の諸醫、之を治すとも差へず。況や復た年少をやと。即ち守門人に勅して語て言く、我れ今、醫を須ひずと。守門人、即ち出で語て言く、我れ已に汝の爲に長者に白す。長者の婦、言く、今醫を須ひずと。耆婆、復た言く、汝、汝の長者の婦に白すべし、但だ我が治を聽せ。若し差へば意に隨て我に物を與へよと。時に守門人、復た爲に之を白す。醫、是くの作きの言を作す、但だ我が治を聽せ。若し差へば意に隨て我に物を與へよと。長者の婦、之を聞きて、自ら念じて言く、若し是くの如くならば損する所無しと。守門人に勅して喚び入らしむ。時に耆婆入り、長者の婦の所に詣て問て言く、何れの所か患苦するやと。答て言く、如是如是を患ふと。復た問ふ、病、何より起るやと。答て言く、如是如是より起ると。復た問ふ、病來ること久しきや近しきやと。答て言く、病來ること爾許の時と。彼問ひ已て語て言く、我れ汝の病を治す。彼れ即ち好藥を取り、酥を以て之を煎じ、長者の婦の鼻に灌ぐ。病者の口中、酥・唾倶に出づ。時に病人、即ち器に之を承け、酥は便ち收め取り、唾は別して之を棄つ。時に耆婆童子、見已て心に愁惱を懷く。是くの如き少酥、不淨なり、猶尚ほ慳惜す。況や能く我に報ひんや。病者、見已て、耆婆に問て言く。汝、愁惱せりやと。答て言く、實に爾なりと。問て言く、何が故に愁惱すと。答て言く、我れ自ら念じて言く、此の少酥、不淨なり。猶尚ほ慳惜す。況や能く我に報ひんやと。是れを以ての故に愁するのみと。長者の婦、答へて言く、家を爲すこと易からず。之を棄てて何の益かある。然燈に用ふべし。是の故に收め取る。汝、但だ病を治せ。何ぞ憂ふること是くの如きと。彼れ即ち之を治す。後、病差ふることを得。時に長者の婦、四十萬兩金、并に奴婢・車馬を與ふ。時に耆婆、此の物を得已て王舍城に還る。無畏王子の門に詣て、守門人に語て言く。汝、往て王に白して言へ、耆婆、外に在りと。守門人、即ち入て王に白す。王、守門人に勅して喚んで入らしむ。耆婆、入り已て、前んで頭面に禮足して一面に在りて住す。前の因縁を以て、具さに無畏王子に白して言く、今得る所の物を以て盡く用て王に上ると。王子言く、且く止みね、須ひずと。便ち爲に供養し已り、汝、自ら之を用ひよと。此の時、耆婆童子、最初の治病なり。
四分律卷第三十九