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Dharmacakra
智慧之大海 ―去聖の為に絶学を継ぐ

『四分律』 衣揵度

原文

四分律 卷第四十一三分之五

姚秦罽賓三藏佛陀耶舍共竺佛念等譯

衣揵度之三

爾時舍衞國。有多知識比丘死。有多僧伽藍。多有屬僧伽藍園田果樹。有多別房多屬別房物。有多銅瓶銅瓫斧鑿燈臺。多諸重物。多有繩床木床臥褥坐褥枕。多畜伊梨延陀耄羅耄耄羅氍氀。多有守僧伽藍人。多有車輿。多有澡罐錫杖扇。多有鐵作器木作器陶作器皮作器剃髮刀竹作器。多衣鉢尼師壇針筒。諸比丘不知云何白佛。佛言。多知識無知識。一切屬僧。諸比丘分僧園田果樹。佛言不應分。屬四方僧。彼分別房及屬別房物。佛言不應分。屬四方僧。彼分銅瓶銅瓫斧鑿及諸種種重物白佛。佛言不應分。屬四方僧。彼分繩床木床坐褥臥褥枕。佛言不應分。屬四方僧。彼分伊梨延陀耄羅。耄耄羅氍氀。佛言不應分。屬四方僧。自今已去。聽諸比丘氍氀廣三肘長五肘毛長三指現前僧應分。彼分車輿守僧伽藍人。佛言不應分。屬四方僧。彼分水瓶澡罐錫杖扇。佛言不應分。屬四方僧。彼分鐵作器木作器陶作器皮作器竹作器。佛言不應分。屬四方僧。自今已去。聽分剃刀衣鉢坐具針筒。彼分倶夜羅器。現前僧應分。爾時有異住處二部僧。多得可分衣物。時比丘僧多。比丘尼僧少。諸比丘不知云何白佛。佛言應分作二分。時無比丘尼。純式叉摩那。應分作二分時無比丘尼。無式叉摩那。純沙彌尼。佛言。應分作二分。若無沙彌尼。僧應分。時有住處二部僧多。得物。比丘少比丘尼多白佛。佛言。應分作二分。無比丘有沙彌。應分作二分。無沙彌比丘尼應分。時有比丘。在拘薩羅國人間遊行。到無比丘住處村。到已命過。諸比丘不知誰應分此衣鉢白佛。佛言。彼處若有信樂優婆塞若守園人。彼應賞録。若有五衆出家人前來者應與。若無來者。應送與近處僧伽藍。

爾時世尊。在舍衞國住處。多比丘比丘尼優婆塞優婆夷。國王大臣種種外道沙門婆羅門。時世尊告諸比丘。我欲三月靜坐思惟。無使外人入。唯除一供養人。時諸比丘自立制限。世尊如是語。三月靜坐思惟。不聽外人入。唯除一供養人。若有入者。教令波逸提懺爾時長老和先跋檀陀子。與波羅國六十比丘倶。盡是阿蘭若乞食著糞掃衣。作餘食法不食一坐食一摶食。塚間坐露地坐樹下坐常坐。隨坐持三衣。詣舍衞國祇桓精舍。問諸比丘。如來在何處房住。我欲往見。諸比丘言。如來如是言。我三月靜坐思惟。無使外人入。唯除一供養人。若有入者。作波逸提懺。和先問言。世尊有如是語耶。比丘答言。諸比丘自立制言。若有入者。波逸提懺。和先言。我不用諸長老制。何以故。佛有如是言。佛不制不應制。若已制不應違。隨所制法應學。我等悉是阿蘭若乃至持三衣。得隨意問訊世尊。爾時長老和先。與彼六十比丘倶。徑詣佛所。頭面禮足却住一面。時世尊慰問言。和先。汝安樂不。飮食不乏耶。住止安靜不。和先。汝從何處來。汝不聞餘比丘語耶。答言。住止安樂。不以飮食爲苦。亦聞餘比丘語。大徳。我與波羅國六十比丘倶。盡是阿蘭若乃至持三衣。在拘薩羅國人間遊行。至舍衞國。問祇桓諸比丘。世尊在何處房住。我等欲見。諸比丘如是語。世尊三月靜坐思惟。無使外人入。唯除一供養人。若有入者。教波逸提懺。我即問波逸提懺。世尊有如是語耶。諸比丘言無。我等自立制耳。我即語言。我不用汝曹制。何以故。佛有如是語。佛不制者不應制。若已制不應違。隨所制法應學。我曹皆是阿蘭若乃至持三衣。得隨意問訊世尊。佛言。善哉善哉和先。汝等盡是阿練若持三衣。得隨意問訊。若復有如是者。亦得隨意問訊世尊。

爾時諸比丘。聞世尊聽阿蘭若得隨意問訊世尊。或有作阿蘭若者。或有不受請者常乞食。或有捨檀越施衣持糞掃衣。或有捨長衣持三衣。時諸比丘捨衣成大積聚。諸比丘不知云何白佛。佛言。應布施衆僧。若施佛若施塔若與一人。諸比丘聞言與一人。持與白衣。比丘白佛。佛言。不應與白衣若外道。時諸比丘畏愼。不敢與比丘尼非衣鉢嚢革屣嚢針筒禪帶腰帶帽拭脚巾攝熱巾裹革屣巾。佛言。聽與比丘尼非衣。諸比丘作如是念。行波利婆沙摩那埵比丘。應與分不。佛言應與。諸比丘作如是念。諸被呵責羯磨。若擯出羯磨依止羯磨。遮不至白衣家羯磨作擧羯磨。被如是諸羯磨人。當與分不。佛言與。置地與若使人與時諸比丘得外道衣不染便著白佛。佛言。不應便著。應染已著。時諸比丘。使白衣作白衣索衣分白佛。佛言。聽計功多少與食與價。諸比丘自念。守僧伽藍人沙彌。應等與衣分不。白佛。佛言。若僧和合聽應與沙彌等分。若不和合應與半。若半不聽應三分與一。若不與不應分。若守僧伽藍人四分與一。若不與不應分。若分應如法治。諸比丘畏愼疑。不敢持衣與父母白佛。佛言應與。爾時佛在舍衞國。迦維羅釋子。新作堂舍。未有沙門婆羅門及諸人在上坐者。時毘琉璃太子最初坐上。諸釋種皆共瞋嫌。我新作堂舍。佛未得坐。下賤婢子先坐中。時有不信樂婆羅門侍從語言。舍夷諸釋子。罵汝作下賤婢子。汝乃能忍耶。答言。我今無力。不得自在。若我父亡。我作王時當語我。後王波斯匿失王位。琉璃太子即自作王。不信樂大臣白言。先諸釋種子罵王。王能忍耶。今可往罰。王即集四種兵。出舍衞城往舍夷國。時世尊慈愍故。即先往琉璃王所行道邊。在惡樹下坐。時琉璃王至。見佛在惡樹下坐。即下車頭面禮足却住一面白世尊言。多有大好樹無恚樹等而不坐。何故在此惡樹下坐。佛言大王。在親里蔭下樂。彼作如是念。世尊慈愍舍夷國故耳。即迴軍還舍衞國。不信樂大臣婆羅門。第二第三如是語。諸釋種先罵王。作下賤婢子。今可往罰。時王即復集四種兵。往舍衞國。去迦維羅衞國不遠。作小營自障住。時迦維羅衞釋種等。皆能遠射。無抂發者。或有射一由旬中的。或有射七十里中的。或有射六十里五十里四三十里中的者。時有射琉璃王營。有中蓋頂蓋枓蓋子。或有中車轅。或有中馬勒馬鞚馬韁。或有中指印。或有中耳珠髻珠破珠而已。終不傷肉。時琉璃王大恐怖問。諸釋子去此遠近。傍臣答言。去此七十里。王聞已倍更恐怖言。我將不爲諸釋子所害及我軍衆耶。時不信樂大臣白王言。彼諸釋子。皆持五戒爲優婆塞。死死終不斷衆生命。王但前進。勿以爲怖。即往圍迦維羅衞城。諸比丘以此因縁白佛。佛言。彼若不與開門終不能得。時城内人自不和。或言當與城者。或言莫與。即行籌。時天魔波旬。在與城衆中七返取籌。即令與琉璃王城籌多。即爲開門與之。軍人即入。反閉城門。街巷鑿埳悉齊人腰。埋諸釋種男女大小。相參而無有間。令大象蹈上。時摩訶男釋子。是琉璃王外祖父。語諸釋種言。汝曹莫但看琉璃王放大象蹈殺人。當觀昔日業報因縁。諸釋種昔日所造定業報。今當受之。時琉璃王聞。語摩訶男釋子言。欲得何願。摩訶男言。諸釋種已死。我今苦惱。何用願爲。若欲與我願者。聽我入池水。隨入水時節中間。聽諸釋種出莫殺。琉璃王念言。水中不得久與汝願。摩訶男即入池水。以髮繋樹根。遂於水下命過。琉璃王即問諸大臣言。釋子摩訶男入水何乃久耶。傍人看之。答言已死。王言出之。即出示王。時琉璃王見即生慈心言。摩訶男乃爲親里。故不惜身命。即勅人放諸釋種。彼即受教放之。諸釋種被破剥脱。露形來至僧伽藍中。諸比丘畏愼。不敢與衣。佛不聽我曹與白衣衣。諸比丘白佛。佛言。借衣勿令露形來見我即便借衣。

時舍利弗。與佛在拘薩羅國遊行。在一處坐息。忘僧伽梨置地而去。時佛憶念。語阿難言。取此衣作親友意取。阿難言。云何作親友意取。佛言隨所取令彼歡喜。云何隨所取令彼歡喜。答言。有七法。是親友利益慈愍故。何等七。難與能與。難作能作。難忍能忍。密事相語。不相發露。遭苦不捨。貧賤不輕。如是阿難。有此七法。名爲親友。利益慈愍。令彼歡喜。即説偈言

難與能與 難作能作 難忍能忍 
是親善友 密事相語 互相覆藏 
遭苦不捨 貧賤不輕 如此七法 
人能行者 名爲親友 應附近之

佛言。如此親友應取。彼比丘非親友作親友意取。佛言。不應非親友作親友意取。彼比丘非親友作親友意取波利迦羅衣。佛言。不應作親友意取此衣。若不足不應取。爾時佛在波婆城。有一摩羅。字樓延。是阿難白衣時親友。時阿難著衣持鉢往其家就座而坐。樓延出行不在。阿難問其婦言。樓延在不。答言不在。阿難言。取衣簏來。即取置阿難前。時阿難即取大價衣。持還至僧伽藍中。爲諸上座作拭面巾拭身巾。時樓延摩羅行還。其婦以此事語夫其夫即來到僧伽藍中。至阿難所問言。汝至我家耶。答言至。汝有所取耶。答言有所取。何故取麁不取好者。阿難言。我正須如是衣。諸比丘作如是念。白衣親厚。應取如是衣不。白佛。佛言應取。何者是親厚應取。如阿難於樓延摩羅應取。諸比丘言。若主不在應取不。佛言。聽親厚者若在若不在應取。

訓読

四分律しぶんりつ 卷第四十一三分之五

姚秦ようしん罽賓けいひん三藏佛陀耶舍ぶっだやしゃ竺佛念じくぶつねん等と共に譯す

揵度けんど之三

の時、舍衞しゃえ國に多知識たちしき比丘びく有て死す。多くの僧伽藍そうがらん有り、多くの僧伽藍に屬する園・田・果樹有り、多くの別房べちぼう、多くの別房に屬する物有り、多くの銅瓶どうびょう銅瓫どうほんおののみ燈臺とうだい、多くの諸の重物じゅうもつ有り、多くの繩床じょうしょう木床もくしょう臥褥がのく坐褥ざのくまくら有り、多く伊梨延陀いりえんだ耄羅もうら耄耄羅もうもうら氍氀くるを蓄へ、多くの守僧しゅそう伽藍人がらんにん有り、多くの車輿しゃよ有り、多くの澡罐そうかん錫杖しゃくじょうおおぎ有り、多くの鐵作器てちさき木作器もくさき陶作器とうさき皮作器ひさき剃髮刀たいほちとう竹作器ちくさき、多くの衣・鉢・尼師壇にしだん針筒しんとう有り。諸の比丘、云何せんか知らず。佛に白く。佛言く、多知識も無知識も一切、そうに屬すと。諸の比丘、僧園そうおん・田・果樹を分つ。佛言く、分つべからず。四方僧しほうそうに屬すと。彼、別房べちぼう及び別房に屬する物を分つ。佛言く、分つべからず。四方僧に屬すと。彼、銅瓶・銅瓫・斧・鑿及び諸の種種の重物を分つ。佛に白く。佛言く、分つべからず。四方僧に屬すと。彼、繩床・木床・坐褥・臥褥・枕を分つ。佛言く、分つべからず。四方僧に屬すと。彼、伊梨延陀の耄羅・耄耄羅・氍氀を分つ。佛言く、分つべからず。四方僧に屬す。自今已去じこんいこ、諸の比丘、氍氀の廣三肘・長五肘・毛長三指は、現前僧、應に分つべきことを聽すと。彼、車輿・守僧伽藍人を分つ。佛言く、分つべからず。四方僧に屬すと。彼、水瓶・澡罐・錫杖・扇を分つ。佛言く、分つべからず。四方僧に屬すと。彼、鐵作器・木作器・陶作器・皮作器・竹作器を分つ。佛言く、分つべからず。四方僧に屬す。自今已去、剃刀・衣・鉢・坐具・針筒を分つことを聽すと。彼、倶夜羅器くやらきを分かつ。現前僧げんぜんそう、應に分つべしと。爾の時、異住處いじゅうしょ二部僧にぶそう有て、多く可分衣物を得。時に比丘僧びくそう多く、比丘尼僧びくにそう少し。諸の比丘、云何いかんせんか知らず。佛に白く。佛言く、應に分て二分に作すべしと。時に比丘尼無く、純ら式叉摩那しきしゃまなのみあり。應に分て二分に作すべしと。時に比丘尼無く、式叉摩那無く、純ら沙彌尼しゃみにのみあり。佛言く、應に分て二分に作すべし。若し沙彌尼無くんば、僧、應に分つべしと。時に住處有り、二部僧、多く物を得。比丘少く、比丘尼多し。佛に白く。佛言く、應に分て二分に作すべし。比丘無く、沙彌有らば、應に分て二分に作すべし。沙彌無くんば、比丘尼、應に分つべしと。時に比丘有り、拘薩羅くさら國に在て人間にんげん遊行ゆぎょうし、無比丘住處の村に到る。到り已て命過みょうかす。諸の比丘、誰か應に此の衣・鉢を分つべきか知らず。佛に白く。佛言く、彼の處、若しは信樂しんぎょう優婆塞うばそく、若しは守園人しゅおんにん有らば、彼れ應に賞録しょうろくすべし。若し五衆ごしゅの出家人有てさききたる者は應に與ふべし。若し來る者無くば、應に送て近處ごんじょの僧伽藍に與ふべしと。

爾の時、世尊、舍衞國に在しき。住處に比丘・比丘尼・優婆塞・優婆夷、國王・大臣・種種の外道・沙門・婆羅門多し。時に世尊、諸の比丘に告げたまはく。我れ三月みつき靜坐じょうざ思惟しゆいせんと告す。外人げにんをして入らしむこと無かれ。唯だ一の供養人くようにんを除くと。時に諸の比丘、自ら制限を立つ。世尊、是くの如く語りたまふ、三月、靜坐思惟せん。外人の入るを聽さず。唯だ一の供養人を除くと。若し入る者有ば、教て波逸提はいつだいさんしめんと。爾の時、長老和先わせん跋檀陀子ばだんだし波羅ぱら國の六十比丘とともなり。ことごとく是れ阿蘭若あらんにゃ乞食こつじき著糞掃衣じゃくふんぞうえ作餘食法不食さよじきほうふじき一坐食いちざじき一摶食いちだんじき塚間坐ちょうげんざ露地坐ろじざ樹下坐じゅげざ常坐じょうざ隨坐ずいざ持三衣じさんえなり。舍衞國の祇桓ぎおん精舍しょうじゃに詣て、諸の比丘に問ふ、如來は何處いずくの房に在て住したまふや。我れ往てまみえんことを欲すと。諸の比丘言く、如來、是くの如く言へり、我れ三月、靜坐思惟せん。外人をして入らしむること無かれ。唯だ一の供養人を除く。若し入る者有ば、波逸提の懺を作さしむ。和先わせん、問て言く、世尊、是くの如くの語りやと。比丘、答て言く、諸の比丘、自ら制を立て言く、若し入る者有ば波逸提懺と。和先、言く、。我れ諸の長老の制を用ひず。何を以ての故に。佛に是くの如くの言有り、佛制せざるは制すべからず。若し已に制せるは違ふべからず。制する所の法に隨て、應に學すべしと。我等悉く是れ阿蘭若、乃至、持三衣なり。意に隨て世尊に問訊することを得と。爾の時、長老和先、彼の六十比丘と倶に、徑に佛の所に詣り、頭面禮足してしりぞきて一面に住す。時に世尊、慰問して言く、和先、汝、安樂なりや不や。飮食おんじき乏しからざるや。住止じゅうし安靜あんじょうなりやいなやと。和先、汝、何處より來る。汝、餘比丘の語を聞かざるやと。答て言く、住止安樂なり。飮食を以て苦と爲さず。亦た餘比丘の語を聞けり。大徳、我れ波羅國の六十比丘と倶なり。盡く是れ阿蘭若、乃至、持三衣なり。拘薩羅國に在て人間に遊行す。舍衞國に至って、祇桓の諸の比丘に問へり、世尊、何處の房に在て住したまふや。我等、見へんと欲すと。諸の比丘、是くの如く語れり、世尊、三月、靜坐思惟す。外人をして入らしむること無かれ。唯だ一の供養人を如く。若し入る者有ば、教へて波逸提の懺をなさしむと。我れ即ち波逸提の懺を問へり、世尊、是くの如き語有りやと。諸の比丘言く、無し。我れ等自ら制を立つのみと。我れ即ち語て言く、我れ汝曹なんじらの制を用ひず。何を以ての故に。佛、是くの如き語有り。佛の制せざるは制すべからず。若し已に制せるは違ふべからず。制する所の法に隨て、應に學すべしと。我曹、皆な是れ阿蘭若、乃至、持三衣なり。意に隨て世尊に問訊もんじんすることを得と。佛言く、かな、善い哉、和先。汝等ら盡く是れ阿練若・持三衣なり。意に隨て問訊することを得。若し復た是くの如き者有ば、亦た意に隨て世尊に問訊することを得と。

爾の時、諸の比丘、世尊、阿蘭若に意に隨て世尊を問訊することを聽したまふを聞き、あるは阿蘭若を作す者有り、或は請を受けざる者、常乞食有り、或は檀越施衣を捨て糞掃衣を持すもの有り、或は長衣じょうえを捨て三衣さんえを持すもの有り。時に諸の比丘、衣を捨てて大積聚だいしゃくじゅを成す。諸の比丘、云何せんか知らず。佛に白す。佛言く、應に衆僧しゅそうに布施し、若しは佛に施し、若しは塔に施し、若しは一人に與ふべしと。諸の比丘、一人に與へよと言ふを聞き、持て白衣びゃくえに與へり。比丘、佛に白く。佛言く、白衣、若しは外道に與ふべからずと。時に諸の比丘、畏愼いしんして敢て比丘尼に非衣ひえ鉢嚢はちのう革屣嚢かくしのう・針筒・禪帶ぜんたい腰帶ようたいくしかり拭脚巾しきかくこん攝熱巾しょうねつこん裹革屣巾かかくしこんを與へず。佛言く、比丘尼に非衣を與ふることを聽すと。諸の比丘、是くの如き念を作す。波利婆沙ぱりばしゃ摩那埵まなたを行ずる比丘、應に分を與ふべきや不やと。佛言く、與ふべしと。諸の比丘、是くの如き念を作す。諸の呵責かしゃく羯磨こんま、若しは擯出ひんじゅつ羯磨こんま依止えじ羯磨こんま遮不至しゃふし白衣家びゃくえけ羯磨こんま作擧さこ羯磨こんまこうむる、是くの如き諸の羯磨を被る人、當に分を與ふべきや不やと。佛言く、與へよ。地に置て與へ、若しは人をして與へしめよと。時に諸の比丘、外道の衣を得、染めずして便ち著く。佛に白く。佛言く、便ち著くべからず。應に染め已て著くべしと。時に諸の比丘、白衣をして作らしむ。白衣、衣分をもとむ。佛に白く。佛言く、こう多少たしょうはかり、食を與へ、あたいを與ふことを聽すと。諸の比丘、自ら念く、守僧伽藍人・沙彌、應に等しく衣分えぶんを與ふべきや不やと。佛に白く。佛言く、若し僧、和合せば應に沙彌に等分を與ふべきことを聽す。若し和合せざれば應になかばを與ふべし。若し半ばも聽さざれば、應に三分して一を與ふべし。若し與へざれば分つべからず。若し守僧伽藍人は四分して一を與ふべし。若し與へざれば分つべからず。若し分てば應に法の如く治すべしと。諸の比丘、畏愼して疑ひ、敢て衣を持て父母ぶもに與へず。佛に白く。佛言く、應に與ふべしと。

爾の時、佛、舍衞國にましましき。迦維羅かゆいら釋子しゃくし、新たに堂舍を作すも、未だ沙門・婆羅門及び諸人の上に在て坐す者あらず。時に毘琉璃びるり太子、最初に上に坐す。諸の釋種、皆共に瞋嫌しんけんす、我れ新たに堂舍を作すも、佛、未だ坐を得たまはず、下賤げせん婢子ひし、先ず中に坐すと。時に不信樂ふしんぎょうの婆羅門の侍從有り、語て言く、舍夷しゃいの諸の釋子、汝をののしりて下賤の婢子と作す。汝、乃ち能く忍ぶるやと。答て言く、我れ今ま力無く、自在を得ず。若し我が父亡して、我れ王と作りし時、當に我に語るべしと。後に王波斯匿はしのく、王位を失ひ、琉璃太子即ち自ら王と作る。不信樂の大臣、白して言く、先に諸の釋種子、王を罵る。王能く忍ぶるや。今まゆきて罰すべしと。王、即ち四種の兵を集め、舍衞城を出で舍夷國に往く。時に世尊、慈愍の故に、即ち先に琉璃王の行く所の道邊どうへんに往き、惡樹あくじゅの下に坐したまへり。時に琉璃王、至る。佛の惡樹の下に坐したまへるを見、即ち車を下り頭面禮足して却て一面に住し、世尊に白して言く、多く大好樹・無恚樹等有て而も坐したまはず。何が故に此の惡樹の下に在て坐したまふやと。佛言く、大王、親里しんり蔭下おんげに在て樂しむと。彼れ是くの如くの念を作さく。世尊、舍夷國を慈愍したまふが故なるのみと。即ち軍をめぐらして舍衞國に還る。不信樂の大臣婆羅門、第二第三も是くの如く語る、諸の釋種、先に王を罵て下賤の婢子と作す。今ま往て罰すべしと。時に王、即ち復た四種の兵を集て、舍衞國に往く。迦維羅衞かゆいらえ國を去ること遠からず、小營しょうえいを作して自ら障住しょうじゅうす。時に迦維羅衞の釋種等、皆な能く遠く射る。抂發ごうほつする者無し。或は一由旬ゆじゅん中的ちゅうてきを射る有り、或は七十里、中的を射る有り、或は六十里・五十里・四・三十里、中的を射る者有り。時に琉璃王のえいを射るあって、蓋頂かいちょう蓋枓かいとう蓋子かいしあてる有り、或は車轅しゃおんを中る有り、或は馬勒めろく馬鞚めこう馬韁めきょうを中る有り、或は指印しいんを中る有り、或は耳珠じしゅ髻珠けしゅを中てる有るも珠を破るのみ。終に肉を傷めず。時に琉璃王、大いに恐怖くふして問ふ、諸の釋子、此を去ること遠きや近きやと。傍臣ぼうしん、答て言く、此を去ること七十里なりと。王聞き已て倍す更に恐怖して言く、我れ將に諸の釋子の爲に害せられざるや、及び我が軍、衆たるやと。時に不信樂の大臣、王に白して言く、彼の諸の釋子、皆な五戒ごかいを持して優婆塞うばそくたり。死死すと雖も終に衆生の命を斷たず。王、但だ前進したまへ。以ておそるとすること勿れと。即ち往て迦維羅衞かゆいらえ城を圍む。諸の比丘、此の因縁を以て佛に白く。佛言く、彼れ若し與に門を開けざれば、終に得ること能はずと。時に城内、人自ら和せず。或は當に城を與ふべしと言ひ、或は與ふ莫れと云ひ、即ちちゅうを行ず。時に天魔てんま波旬はじゅん、與に城の衆の中に在り、七返籌を取る。即ち琉璃王に城を與へしむとの籌多し。即ち門を開て之を與ふ。軍人即ち入り、かえりて城門を閉じ、街巷けごうあなうがちて悉く人、こしひとしくして、諸の釋種、男・女・大・小を埋め、相ひ參て間有ること無し。大象をして上をましむ。時に摩訶男まかなん釋子、是れ琉璃王の外祖父げそふなるが、諸の釋種に語て言く、汝曹、但だ琉璃王の大象を放て人を蹈殺どうせつせると看ることなかれ。當に昔日しゃくじつ業報ごうほう因縁いんねんを觀ずべし、諸の釋種、昔日造る所の定業報じょうごうほう、今ま當に之れを受くと。時に琉璃王、聞て、摩訶男釋子に語て言く、何の願ひか得んと欲するやと。摩訶男、言く、諸の釋種、已に死して我れ今ま苦惱す。何の願ひを用て爲さん。若し我に願ひを與へんと欲せば、我れに池の水に入ることを聽せ。水に入る時節じせち中間ちゅうげんに隨て、諸の釋種を聽し、出して殺すこと莫れと。琉璃王、念じて言く、水中に久しきことを得ず。汝の願ひを與へんと。摩訶男、即ち池の水に入り、髮を以て樹根じゅこんつなぐ。遂に水の下に命過す。琉璃王、即ち諸の大臣に問て言く、釋子摩訶男、水に入ること何ぞ乃ち久しきやと。傍人、之を看、答て言く、已に死せりと。王言く、之を出せと。即ち出して王に示す。時に琉璃王、見て即ち慈心を生じて言く、摩訶男乃ち親里の爲の故に身命しんみょうおしまず。即ち人に勅して諸の釋種を放つ。彼れ即ち教えを受て之を放つ。諸の釋種、かづき破れて剥脱ほくだつし、露形らぎょうにして僧伽藍の中に來至す。諸の比丘、畏愼して敢て衣を與へず。佛、我曹われらの白衣に衣を與ふるを聽さずと。諸の比丘、佛に白す。佛言く、衣を借して露形せしめること勿れ。來て我れを見んには即便すなわち衣を借せと。

時に舍利弗しゃりほつ、佛と拘薩羅くさら國に在て遊行し、一處に在て坐息す。僧伽梨そうぎゃりを忘れ、地に置て去る。時に佛、憶念す。阿難に語て言さく、此の衣を取れ。親友意しんにゅういを作して取れと。阿難言く、云何が親友意を作して取るやと。佛言く、取る所に隨て彼れをして歡喜せしむと。云何が取る所に隨て彼れをして歡喜せしむるやと。答て言く、七法しちほう有り。是れ親友の利益りやくなり、慈愍の故に。何等を七とす。與へ難きを能く與へ、作し難きを能く作し、忍び難きを能く忍び、密事みつじ相ひ語て相ひ發露ほつろせず、苦におうて捨てず、貧賤びんせんにして輕んぜず。是くの如き阿難、此の七法有て、名けて親友の利益、慈愍と爲し、彼をして歡喜せしめむ。即ちを説て言く、

あたがたきをく與へ、がたきを能く作し、忍び難きを能く忍ぶ、
是れ親善友しんぜんにゅうなり。密事みつじ相ひ語り、互ひに相ひ覆藏ふぞうし、
苦にあいて捨てず、貧賤びんせんにして輕んぜず。此の如き七法、
人能く行ずれば、名けて親友と爲す。應に之に附近ふごんすべし。

佛言く、此の如き親友、應に取るべしと。彼の比丘、親友に非ざるに、親友意を作して取る。佛言く、親友に非ざるに親友意を作して取るべからず。彼の比丘、親友に非ざるに、親友意を作して波利迦羅ぱりからを取る。佛言く、親友意を作して此の衣を取るべからず。若し不足なりとも取るべからずと。爾の時、佛、波婆ぱば城に在しき。一の摩羅まら有て、樓延るえんと字く。是れ阿難あなん白衣びゃくえの時の親友なり。時に阿難、衣を著け鉢を持して其の家に往き、座に就て坐ず。樓延、出行して在らず。阿難、其の婦に問て言く、樓延在りやいなやと。答て言く、在らずと。阿難言く、衣簏えろうを取て來れと。即ち取て阿難の前に置く。時に阿難、即ち大價衣だいけえを取り、持て還て僧伽藍中に至り、諸の上座の爲に拭面巾しきめんこん拭身巾しきしんこんを作る。時に樓延摩羅、行て還る。其の婦、此の事を以て夫に語る。其の夫、即ち來て僧伽藍中に到り、阿難の所に至て問て言く、汝、我が家に至れるやと。答て言く、至れりと。汝、取る所有りやと。答て言く、取る所有りと。何の故にあらきを取てき者を取らざるやと。阿難言く、我れまさくの如き衣をもちふと。諸の比丘、是くの如き念を作さく、白衣親厚しんごう、應に是くの如きの衣を取るべきや不やと。佛に白く。佛言く、應に取るべし。何者か是れ親厚にして應に取るべき。阿難の樓延摩羅に於る如きは、應に取るべしと。諸の比丘言く、若しあるじ、在らざるとも應に取るべきや不やと。佛言く、親厚の者、若しは在り、若しは在らずとも應に取るべきことを聽すと。

脚註

  1. 多知識たちしき比丘びく

    仏陀の言葉に通じた比丘。
    この一節から、仏在世(あるいは『四分律』が行われていた)当時、博識である(そしておそらくはその他の徳も高いと世に認識されていた)比丘は、他の比丘より数倍も尊敬され布施が集中していたことが知られる。律儀にはそのように特定の比丘に布施が集中せぬようするための学処(大妄語)があるが、であったとしても抜群の人が世人から尊崇され、その人に寄進が集中してその所有する動産・不動産が山となっていた。そこで現実問題として生じるのは、その比丘の死後におけるその財産の処遇、分配問題であった。そこで以下、富裕であった比丘の財を如何に分配すべきかが説かれる。

  2. 錫杖しゃくじょう

    [S] khakkhara. 比丘が遊行時あるいは托鉢時に携帯する身長よりやや低い長さの杖。その大部分は木製であるが、頭部は金属製で大環にいくつかの小環を付けて振ると音が鳴るようにされる。また石突となる下端も金属とすることが一般的。遊行時に於いては歩行を助ける杖とし、また音を鳴らすことで蛇や獣避けとした。また托鉢時には声を出さずに、自らが門前に来訪したことを告げることを目的に携行した。

  3. 尼師壇にしだん

    [S/P] niṣīdana. 坐具。比丘・比丘尼が坐臥する際に用いる敷物。縦に四つ折りにして左あるいは右肩に掛けて携行する。
    支那において、尻に敷くものを肩に載せることを嫌い、衣の下・左手首の上に掛けて携行する習慣を生じたが、支那の往古の大徳らはそれを支那において生じた非法であると批判している。

  4. 倶夜羅器くやらき

    原語未詳。
    『四分律名義標釈』には「即貯器也。貯謂貯積。所以盛貯也。或翻云隨鉢器。乃貯匙箸鍵𨩲鉢等器」と何かを貯える器であるとし、あるいは特に匙・箸・鍵・𨩲・鉢などを収納する器であるとしている。

  5. 二部僧にぶそう

    比丘僧伽と比丘尼僧伽。

  6. 式叉摩那しきしゃまな

    [S] Śikṣamāṇā / [P] Sikkhamānā. 学びの女の意。女性が沙弥尼となり比丘尼となる前、妊娠していないかを確かめるために設けられた立場。原則として数え十八歳以上の沙弥尼がなり得るもので、比丘尼僧伽による白四羯磨を通して六法を受けることによってその立場が成立する。式叉摩那となって以降、六法を二年間違犯無く過ごし得たならば、具足戒を受けて比丘尼となることが出来る。

  7. 沙彌尼しゃみに

    [S] Śrāmaṇerī / [P] Sāmaṇerī. 女弟子・女生徒の意。原則として数え13歳以上であることが条件とされる、仏教における見習い女性出家修行者。自身の師匠たる比丘尼(和上尼)から十学処を受けることによってその立場が成立する。その師となり得るのは正式な女性出家者たる比丘尼に限られ、男性出家者がその師となることは出来ない。

  8. 五衆ごしゅ

    比丘・比丘尼・沙弥・沙弥尼・式叉摩那。仏教における出家の男女における五つの立場の別。これに在家の優婆塞・優婆夷を加えたのを七衆といい、さらにその中で八斎戒を受けて長斎し寺院などに起居する近住を加えると八衆という。

  9. 我れ三月みつき靜坐じょうざ思惟しゆいせん

    ここで三月とは、雨安居の三ヶ月間であろう。釈尊は仏陀となりその多くの弟子を擁して以降も、時々に独住・独坐して修禅に打ち込んでいたことが知られる。

  10. 波逸提はいつだい

    [S] prāyaścittika / [P] pācittiya. 贖罪の意。比丘・比丘尼の律儀のうち懴悔することを要する行為。三人あるいは一人の比丘に対し、その行為を犯したことを発露し懺悔したならば許される比較的軽微な罪。

  11. さん

    [S] kṣamā. 為すべきでない行為を為したことについて許しを請うこと。

  12. 和先わせん跋檀陀子ばだんだし

    [P] Upasena Vangantaputta. 舎利弗尊者の弟とされる人。
    『四分律名義標釈』に依れば和先とはUpasenaの、跋檀陀はbhadanta(大徳)の音写であるといい、あるいは『善見律毘婆娑』に基づいて烏波細那末朅棃子に比定している。
    『四分律名義標釈』「和先。或云斯那。此言軍。具云優波斯那。或云烏波細那。此翻小軍。跋檀陀。大論翻為大德。或作婆檀提。或朋揵陀又作末朅棃。末羯棃。此翻不見道。西國多以父母姓字。而召其子。此或是母名。然亦未可詳定。善見律云。優波斯那朋揵陀子。未滿十臘。與未滿年二十人受具足戒。復不解教授。乃遣餘人為教授。被佛訶責已。禮佛而去。心自念言。我是善男子出家。非惡心出家。云何為弟子故。而得訶責。我當去十由旬住。教授弟子。令威儀齊整。如我無異。然後往問訊世尊。因弟子威儀。如法故。而得讚歎。具德經云。威儀端謹。身貌圓滿。烏波細那末朅棃子苾芻是」

  13. 波羅ぱら

    既出。波羅捺([S] Vārāṇasī. Kāśīの首都)に同じであろう。

  14. 阿蘭若あらんにゃ

    [S] araṇya / [P] arañña. 阿練若とも音写される。人里から程よく離れ、しかし決して遠くはない閑静な精舎・草庵を結んで修行するに適した地。あるいはその様な地にある精舎・草庵自体を指す語。
    ここでは都市や農村の中で無く、阿蘭若と呼ばれる地にこそ住まうこと。ここでは先に脚注で示した頭陀の具体的内容が列挙される。

  15. 乞食こつじき

    常乞食。信者からの請食を受けず、ただ乞食によってこそ日々の糧を得ること。十二頭陀の一つ。

  16. 著糞掃衣じゃくふんぞうえ

    檀越施衣を得て用いず、ただ糞掃衣のみを着すこと。十二頭陀の一つ。

  17. 作餘食法不食さよじきほうふじき

    一度食を摂り終わったならば、。

  18. 一坐食いちざじき

    日の出後の早朝に例外として許される粥食を取らず、正午前の中食のみ摂って一日の食をそれで済ますこと。十二頭陀の一つ。

  19. 一摶食いちだんじき

    手のひらで団子状にまとめ得る(大きめのおにぎり)程度の量の(最低限の)食のみを採り、それ以上食べないこと。十二頭陀の一つ。

  20. 塚間坐ちょうげんざ

    常に墓場(風葬地・死体を遺棄する林野)で起居すること。十二頭陀の一つ。

  21. 露地坐ろじざ

    室内でなく、常に野外で起居すること。十二頭陀の一つ。

  22. 樹下坐じゅげざ

    大樹の下で起居すること。十二頭陀の一つ。
    仏教僧の最初期における生活指針たる四依法の一つ。仏陀が弟子を設け、その組織(僧伽)が形成された当初、比丘らは精舎・草庵を有せず、樹下に寝起きして各地を遊行し教化して回った。しかし、信者が増えて土地・建物が寄進されるようになり、僧伽は仏陀の許しを得てその拠点たる精舎・草庵に起居するようになった。しかしそこで、当初の生活指針を厳密に守ろうとする一団があり、その様な者の存在も仏陀は許されている。

  23. 常坐じょうざ

    就寝時に決して横にならず座ったままでいること。十二頭陀の一つ。
    一昔のビルマには常座を貫く比丘が一定数存在したが、近年はその有ることをほとんど聞かない。

  24. 隨坐ずいざ

    特定の場所を決めず、どのような地であれその日の晩に横になりえる所で就寝・休息すること。十二頭陀の一つ。

  25. 持三衣じさんえ

    沙門衣たる三衣について、予備の衣(長衣)を所有せず、文字通り三衣一組のみを所持し着用すること。十二頭陀の一。

  26. かな

    [S/P] sādhu. 誰か作善をなした際にそれを随喜する際の定型句。
    大乗の瑜伽戒においても他者の作善を認めたならば必ず「sādhu sādhu」と称せよとされる。

  27. 長衣じょうえ

    予備の衣。

  28. 禪帶ぜんたい

    修禅の際、結跏趺坐した脚などを縛り、その姿勢が崩れなぬように用いる帯。

  29. 波利婆沙ぱりばしゃ

    [S] parivāsa. 比丘あるいは比丘尼が為すべきでない行為を犯したことが発覚し、あるいはその行為や悪しき思想をたしなめられても棄てない場合、その懲罰として衆僧とは別の場所に一定期間隔離し、一人で過ごさせること。別住と漢訳される。

  30. 摩那埵まなた

    [S] mānatva / [P] mānatta. 高慢もしくは自惚れの意。比丘あるいは比丘尼が律儀のうち僧残罪に該当する罪を犯した際の懲罰の称。具体的には衆僧とは隔離し一定期間を一人で過ごさせること。別住にほとんど同じであるが、僧残罪に対する懲罰としての別住を特に摩那埵という。

  31. 呵責かしゃく羯磨こんま

    しばしば他との軋轢を起こす比丘あるいは比丘尼に対し、僧伽(大衆)としてその比丘あるいは比丘尼としての権利を一時的に剥奪する処罰を与える決議。苦切羯磨・折伏羯磨とも。

  32. 擯出ひんじゅつ羯磨こんま

    自ら華樹を植え、あるいは人に教えて華樹を植えせせる等、廿九種からなる沙門としての非威儀(悪行)を為した比丘あるいは比丘尼に、その場所にて住してはならないと追放する処罰を与える決議。擯羯磨・駆出羯磨・不共語羯磨とも。

  33. 依止えじ羯磨こんま

    繰り返し重罪を犯す愚痴なる比丘あるいは比丘尼に、その者を常に指導監督して教導する依止阿闍梨を付ける処置をなす決議。

  34. 遮不至しゃふし白衣家びゃくえけ羯磨こんま

    白衣(在家信者)に対し非礼あるいは非法の行為をなした比丘あるいは比丘尼に、(謝罪して非礼を詫びるまで)白衣の家に近づいてはならない処置を与える決議。下意羯磨とも。

  35. 作擧さこ羯磨こんま

    不見罪挙羯磨・不懺悔罪挙羯磨・不捨悪見挙羯磨の三種の挙罪羯磨をまとめて云ったもの。それぞれ、罪を犯したのにそれを認めようとしない比丘あるいは比丘尼に別住(波利婆沙)を課してその権利を停止する決議、罪を犯したのにそれを懺悔しようとしない比丘あるいは比丘尼に別住を課してその権利を停止する決議、その捨てるべきことを諌められても改めない悪しき見解(経律の所伝に異なる思想)を抱く比丘あるいは比丘尼に別住を課してその権利を停止する決議。

  36. 衣分えぶん

    衣の分配。

  37. 敢て衣を持て父母ぶもに與へず...

    比丘が白衣(在家信者)から寄進された衣で余長となるものは、父母など親類にも分与しても良いとされた。この規定は後に説かれる釈迦族の滅亡にも関わる。

  38. 迦維羅かゆいら

    [S] Kapila(-vastu). 迦毘羅衛とも。釈尊が生誕された故国。現在のネパールはタライ地方に存した小国。その遺跡は国立公園として保存されている。
    『四分律名義標釈』「亦云迦維羅衛。舊云迦毗羅。是佛所生國也。詳如上釋」。

  39. 釋子しゃくし

    釈迦族の人々。

  40. 毘瑠璃びるり太子

    [S] Virūḍhaka / [P] Viḍūḍabha. Kosala(拘薩羅・コーサラ)国王[S] Prasenajit / [P] Pasenadi(波斯匿)の第一王子。毘瑠璃とも。
    『四分律名義標釈』「毗琉璃。是青色寶名也。西域記云。毗盧擇迦。舊曰毗琉離。譌也。淨法師譯云惡生。原作琉離。是梵音。非此方字義。後人謂其是寶。乃加玉也。五分律云。爾時舍夷國 即迦維羅國別名。猶遵舊典。不與一切異姓婚姻。波斯匿王。貪其氏族。自恃兵強。遣使告言。若不與我婚。當滅汝國。諸釋共議。當設何方。免彼兇虐。而不違我國之舊典。僉曰。正當揀一好婢。有姿色者。極世莊嚴。號曰釋種。而以與之。如議。即與。匿王備禮婚迎。後生一男。顏貌殊絕。勅諸相師。依相立字。諸相師言。王本以威而得其母。依義應當字曰瑠璃。至年八歲。王勅臣子。從往外氏釋摩南所。受學射法。因戲新堂。諸釋罵為婢子。以其是釋婢所生故也 按此五分緣起。與本律及有部略異」。

  41. 下賤げせん婢子ひし

    拘薩羅国王、波斯匿は、釈尊の故国でその同族たる釈迦族から妃を得ることを求めた。しかしながら、釈迦族の人々は(小国でもあるにも関わらず自身らを太陽の末裔とする高慢から)波斯匿に対し、美麗ではあるけれども実は釈迦族の大臣であった摩訶男(後述)の奴隷でそれに産ませた女を、偽って王族であるとして差し出した。波斯匿はそれと知らずその女を妃として迎え、毘瑠璃をもうけた。しかし、毘瑠璃が八歳となり、その母の故郷である迦維羅を訪れた時、釈迦族は彼を下賤の子であると嘲笑い、非礼きわまりない扱いをもって遇した。その母の出自が卑しく、しかもそれが釈迦族の裏切りによってのものであったことを知った幼い毘瑠璃にとってもこの屈辱の経験は決して忘れられるものでなく、それが釈迦族の悲劇をもたらすことになる。

  42. 不信樂ふしんぎょうの婆羅門

    (仏陀に対し)好感を持たず、信じてもいない婆羅門。
    釈迦族の滅亡の重要な契機となったこの婆羅門について、『四分律名義標釈』では以下のように説明している。『四分律名義標釈』「此是婆羅門種。大臣之子也。雜事云。惡生太子。初生之日。大臣之婦。亦誕一男。諸親議曰。初懷此子。母受艱辛。及至生時。還遭極苦。宜與此兒名為苦母。增一經云。梵志子名曰好苦。爾時佛告諸比丘。昔日此羅越城中。有捕魚村。時世饑險。人食草根。時彼村中。有大池水。又復饒魚。羅越城中。人民之類。往池捕魚。時彼水中。有二種魚。一名拘璅。二名兩舌。二魚共言。我等於此眾人。先無過失。我等水性之蟲。不處乾地。此人民之類。皆來食噉我等。設前世時。少有福德者。其當用報怨。爾時村中。有小兒年向八歲。亦不捕魚。復非害命。然収魚在岸命終。小兒見懷歡喜。比丘當知。爾時羅越城中人民之類。豈異人乎。今釋種是也。拘璅魚者。今流離王是也。兩舌魚者。今好苦是也。小兒見魚岸上而笑者。今我身是也。爾時釋種坐此魚食。由此因緣。於無數劫。入地獄中。今受此對。我於爾時。坐見而笑之。今患頭痛。如似石壓。所以然者。如來更不受形。已捨眾行。度諸厄難。由此因緣。今受此報。諸比丘。當護身口意行。當念恭敬承事梵行人。如是諸比丘。當作是學 其琉璃王。誅釋種時。世尊頭痛汗滴。以昔隨喜殺業故也」。

  43. 舍夷しゃい

    [S] śāka. 樹木の名、柚木(チーク)。釈迦(Śākya)という部族名の由来となったとされる。
    『四分律名義標釈』「舍夷。原是樹名。昔甘蔗王。𢷤斥四子出國。向北方界。舍夷大樹。蓊蔚枝條之陰。立城居住。因以奢夷。而名其國。亦以舍夷為姓。詳如上釋」

  44. 惡樹あくじゅの下に坐したまへり

    悪樹は枝葉の落ちた樹。吹けば飛ぶような辺境の小国である釈迦族の国を暗示するため、釈尊は敢えてその下にて坐された。そしてその樹は、おそらくは釈迦の名の由来である柚木(チーク)であり、まさに釈迦族の姿を表するのに適したものであった。
    『四分律名義標釈』「以樹無枝葉蔭。故名惡樹。五分云。時佛在無蔭舍夷樹下坐。義足經云。小釋樹。增一經。佛說偈答王言。親族之陰凉 釋種出於佛 盡是我枝葉 故坐斯樹下 釋迦王子。先在迦毗羅仙人住處立城居住。後於舍夷直林築城。以姓稱之名釋迦樹。以林名之曰舍夷。當會此意。即得解也」。

  45. 抂發ごうほつ

    不的中。狙った的にあてないこと。抂は曲がる、反れるの意。

  46. 中的ちゅうてき

    狙った的にあてること。
    『四分律名義標釈』「中。之仲切。音眾。射矢至的。曰中。的。丁歷切。丁入聲。射侯之中也」。

  47. 蓋頂かいちょう

    貴人・宗教者などの上に差し出す日除けのための傘蓋の最上部(かっぱ)。

  48. 蓋枓かいとう

    傘蓋の骨を支える「ろくろ」の部分を云ったものであろう。

  49. 蓋子かいし

    未詳。傘蓋の骨あるいは柄を云ったものであろう。

  50. 車轅しゃおん

    車の前に突き出た(牛や馬などと接続させるための)部分。ながえ。
    『四分律名義標釈』「干權切。音員。車前曲木上句衡者。亦音袁」。

  51. 馬勒めろく

    おもがい。

  52. 馬鞚めこう

    くつわ。
    『四分律名義標釈』「鞚。苦貢切。空去聲。馬勒也。一曰勒馬。直音控」。

  53. 馬韁めきょう

    手綱。

  54. 指印しいん

    指輪。

  55. 耳珠じしゅ

    耳飾り、イヤリング。

  56. 髻珠けしゅ

    髪飾り。

  57. 天魔てんま波旬はじゅん

    [S] pāpīyas / [P] pāpimant. 悪意ある者。悪意ある神霊の名。

  58. 摩訶男まかなん釋子

    [S] Mahānāman / [P] Mahānāman. 釈迦族の大臣。一説に釈尊の叔父で、いずれにせよ釈尊の親類。拘薩羅国王の波斯匿に偽って嫁がせた奴隷の娘にとって父であり、したがって毘瑠璃にとっては祖父となる人。釈迦族における高慢を代表した人であり、結果的にその滅亡の重要な契機を作った人。

  59. 當に昔日しゃくじつ業報ごうほう因縁いんねんを觀ずべし

    奴隷の女に産ませた娘を差し出したのは摩訶男一人の意思によるものでなく、「大国である隣国に奴隷の娘を王族と偽って妃として送る」という決断は、釈迦族が共有した高慢によるものであった。とはいえ、摩訶男自身もそのような高慢を有しており、であるからこそその奴隷に産ませた娘を嫁がせたのであろう。ここで摩訶男は、そのような自身ら釈迦族が共に行った極めて重大な裏切り行為が、自国が侵略され蹂躙させられるという取り返しのつかない結果をもたらしたということの反省を自他に促している。

  60. 定業報じょうごうほう

    過去の行為の結果が、もはや決して打ち消し回避することが出来ず、必定の報いとなること。
    目犍連が自らに迫る死を通力によって回避せず甘んじて受け入れたのも、それが定業報となって避けがたいものとなっていたことを知った上でのことであった。

  61. 舍利弗しゃりほつ

    [S] Śāriputra / [P] Sāriputta. 釈尊の高弟の中でもその智慧が特別高くあったといわれる婆羅門出身の人。元は外道で懐疑論者であったSañjaya(サンジャヤ)の高弟であったが、同じく高弟であり親友であった[S] Maudgalyāyana(目犍連)の誘いで釈尊の門下に転じた。
    『パーリ律』の該当箇所では、舎利弗が置き忘れた僧伽梨を、仏陀が阿難に親友意をなして取れとしたものではなく、離婆多(Revata)がある比丘に託して舎利弗へ衣を与えたことについての話となっており、相違している。

  62. 波利迦羅ぱりから

    [S] pariṣkhāra / [P] parikkhāra. 衲衣(納衣)に同じ。穴が空いたり裂けたりした衣に当て布など継ぎ接ぎ(いわゆるパッチワーク)して補修した衣。一般に衲衣と糞掃衣とは同義であるとされるが誤りであることに注意。

  63. 摩羅まら

    [S/P] Malla. KuśinagaraやPāvāに住した種族。マッラ族。末羅、満羅とも。
    『四分律名義標釈』「此云力士。此其種姓也」

  64. 樓延るえん

    [S] Ruci? ここで阿難の在俗時の友であったというが未詳。
    『四分律名義標釈』「字樓延。亦作盧夷。或作盧芝亦云盧至。此云可愛樂」

  65. 衣簏えろう

    衣類を入れる箱。衣装篋。
    『四分律名義標釈』「盧谷切。音六。竹篋也。篋。音怯。廣韻云。箱篋也」

僧服関連文献