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Dharmacakra
智慧之大海 ―去聖の為に絶学を継ぐ

『四分律』 衣揵度

原文

時耆婆童子。於異時持一領貴價衣。往世尊所。頭面禮足却住一面。白世尊言。我若治國王。若治大臣。或得一國土。或得一聚落。唯世尊當與我願。佛言。我已過於願。不與人願。耆婆復言。願與我清淨願。佛言。求何等清淨願答言。我此貴價衣。從王波羅殊提間得。價直半國。願世尊哀愍故爲我受。自今已去。願聽諸比丘欲著檀越施衣欲著糞掃衣者隨意著。爾時世尊默然可之。時耆婆童子。得世尊可已。即持金澡瓶水洗佛手。持此大貴價衣上佛。佛慈愍故爲受之。耆婆童子。頭面禮足却坐一面。佛爲種種説法。令得歡喜。前禮佛已還去。時世尊以此因縁集比丘僧。爲諸比丘隨順説法。以無數方便讃歎頭陀攝持威儀少欲知足有智慧樂於出離者。告諸比丘。此衣貴價衣中第一。如牛出乳乳中出酪酪中出生酥生酥中出熟酥。熟酥出醍醐。最精第一。此衣如是。衆多衣中最爲第一。自今已去。聽諸比丘隨意著檀越施衣糞掃衣。爾時瓶沙王。聞佛聽諸比丘畜檀越施衣。即持所著貴價欽婆羅衣。送與比丘。諸比丘不受言。佛未聽我曹畜大價衣。諸比丘白佛。佛言。自今已去。聽畜貴價欽婆羅衣。後復遣人送王所著貴價𣰽𣯫。諸比丘不敢受。佛未聽我曹畜貴價𣰽𣯫。諸比丘白佛。佛言。自今已去聽畜。爾時六群比丘。畜廣大長毛𣰽𣯫。諸比丘以此事白佛。佛言不應畜。佛言。自今已去聽諸比丘畜氍氀廣三肘長五肘毛長三指者。應淨施畜。爾時耆婆童子。聞佛聽諸比丘畜檀越施衣。即遣人送王所著短毛氍氀。與諸比丘。諸比丘不敢受。佛未聽我畜短毛氍氀。諸比丘往白佛。佛言。自今已去聽畜。爾時王舍城諸優婆塞。聞佛聽諸比丘畜檀越施衣。即遣人大送種種好衣與諸比丘。諸比丘不知當云何。往白佛。佛言聽分。不知云何分。佛言。當數人多少。若十人爲十分。若乃至百人爲百分。分衣時好惡相參。時彼分衣者。輒自取分。佛言。不應自取分。應使異人分。使異人取分。彼自取分。佛言。不應自取。當擲籌分。彼比丘自擲籌。佛言。不應自擲籌。聽不見者擲籌。時有王所著大貴價衣不可分。佛言。聽截破分。自今已去。聽以刀截衣。爾時比丘得未浣衣。佛言。聽自浣若使人浣。時須浣器。佛言。應畜浣器。若無浣板。聽畜板若須剪刀。聽畜

爾時世尊。出王舍城。南方人間遊行。中道見有田善能作事畦畔齊整。見已告阿難。汝見此田不。答言。已見世尊。佛問阿難。汝能爲諸比丘作如是衣法不。答言能。佛語阿難。汝往教諸比丘。時阿難從彼還王舍城。教諸比丘。作如是割截衣。此是長條。此是短條。此是葉。此第一縫。此第二縫。此是中縫。此條葉兩向。時王舍城多著割截衣爾時世尊南方人間遊行已。還王舍城。見諸比丘多著割截衣。告言。阿難聰明大智慧。我爲略説。而能廣解其義。過去諸如來無所著佛弟子。著如是衣。如我今日。未來世諸如來無所著佛弟子。著如是衣。如我今日。刀截成沙門衣。不爲怨賊所剥。從今日已去。聽諸比丘作割截安陀會欝多羅僧僧伽梨。時諸比丘。作割截安陀會襯體著。葉邊速破塵垢入葉内。自今已去。聽作不割截安陀會。諸比丘著割截欝多羅僧僧伽梨。葉邊速破塵垢入内露濕。佛言。自今已去。聽著不割截欝多羅僧僧伽梨。聽葉作鳥足縫若編葉邊若作馬齒縫。諸比丘不知當作幾條衣。佛言。應五條。不應六條。應七條不應八條。應九條不應十條。乃至十九條。不應二十條。若過是條數不應畜。

爾時比丘。反襵著涅槃僧。入白衣舍解脱露形。諸比丘白佛。佛言不應爾。聽作帶著。時六群比丘畜上色帶。佛言不應畜。諸比丘以錦作。佛言不應錦作。諸比丘畜白帶。佛言不應以白作。佛言。聽畜袈裟色帶。爾時六群比丘作廣長腰帶。諸比丘白佛。佛言不應作。聽作廣二指遶腰三周。若得已作者。應作二疊三疊四疊若三四疊。亂聽縫合。若短者。聽作繩續。若帶細軟。數結速斷。應安紐若玦。諸比丘用寶作。佛言。不應用寶。若用骨若用牙若角若鐵若銅若白鑞若鉛錫若綖若木若胡膠作。不知云何安玦。佛言。以帛縫若穿孔著。時諸比丘帶斷壞。聽補治。復不知云何補治。佛言。若重綖更縫。若邊壞聽綫編。若帶頭鬚壞。聽更以綫續若縫。

爾時比丘。不繋僧祇支入聚落行。使衣墮形露。佛言。不應不繋衣入聚落。聽安帶若縫。

爾時舍利弗入白衣舍。患風吹割截衣墮肩。諸比丘白佛。佛言。聽肩頭安鉤紐

爾時世尊。在王舍城。與千二百五十比丘倶人間遊行。爾時比丘多持衣。或頭戴或肩擔或帶著腰中。時有比丘。字伽梵婆提。詣恒水邊。佛欲渡處。即以神力斷水。時佛渡水已。見諸比丘多持衣或頭戴或肩擔或帶著腰中。見已念言。此諸比丘多持衣如是。我寧可爲諸比丘制衣多少令有齊限。若過不應畜。

爾時世尊。從婆闍國人間遊行。詣毘舍離。爾時菴婆羅婆提。聞佛與千二百五十比丘倶人間遊行來詣毘舍離。即乘車往世尊所。遙見世尊相好端嚴。恭敬歡喜。即時下車往詣佛所。頭面禮足却住一面。爾時世尊。爲説法勸化。令得歡喜。聞佛説法已。踊躍歡喜白佛言。唯願世尊。受我明日請食。并比丘僧。在我園一宿。時世尊默然許可。彼知佛許已。頭面禮足遶佛而去

爾時世尊。住毘舍離在菴婆羅園中。諸梨奢。聞佛與千二百五十弟子人間遊行來詣毘舍離。著種種衣服瓔珞。乘種種車。往迎世尊。諸梨奢。或有著紺色瓔珞衣服。乘紺色車馬。紺色侍從。紺色刀鉾幡蓋。紺色珠毛拂。青黄赤白黒車馬侍從嚴飾亦復如是。如是有五百梨奢。詣世尊所。時菴婆羅婆提迎佛還道。遇諸梨奢。亦不避道。車蓋相突。時梨奢中有耆老者。語菴婆羅婆提言。汝何故不避道。共相逼斥車蓋相突耶。婆提答言。所以爾者。我請佛及僧在我園宿。心在於佛無有餘意也。梨奢語言。我與汝百千兩金。聽佛受我請供養。答言。我已請佛及僧止宿我園。云何當捨。梨奢復言。我與汝二百千兩金。乃至十六百千。聽世尊受我請供養飮食。答言不能。梨奢復言。以半國財物與汝。聽佛受我請供養飮食。答言。設與我全毘舍離國者我亦不捨。何以故。我已請佛及僧在園供養。爾時五百梨奢。振手瞋恨菴婆羅婆提言。捐棄我等。即乘車詣菴婆羅園。爾時世尊。在彼園中與無數衆圍遶説法。遙見五百諸梨奢來。告諸比丘。其有比丘。不見忉利諸天出遊時。當觀此諸梨奢。忉利諸天。欲出遊時。與此無異。佛告諸比丘。愼汝心念。攝持威儀。此是我教。云何比丘愼汝心念。若比丘觀内身身意止。精勤攝持念不散亂。調伏貪嫉世間憂惱。觀外身身意止。精勤攝持念不散亂。調伏貪嫉世間憂惱。觀内外身觀受心法亦如是。如是比丘得正心念。云何攝持威儀。比丘若出若入屈伸俯仰。執持衣鉢若飮若食若服藥。大小便利。若眠若覺。若來若去。若坐若住。若睡若覺。若語若默。常爾一心。是謂比丘攝持威儀。爾時毘舍離五百梨奢。至車所住處便下車。詣世尊所。頭面禮足却坐一面。五百梨奢。在佛邊無復威神。唯佛世尊。在大衆中光明威徳最勝無比。猶若秋天無有雲翳。日行虚空威曜無比。如是世尊。在五百梨奢中。神徳名稱顏貌無比。爾時衆中有婆羅門。字賓耆羊菟。此婆羅門。從座起偏露右肩。右膝著地白佛言。我欲有所説。佛言。聽汝所説。此婆羅門。即於佛前。説偈讃佛

摩竭王得善利 鴦伽王持珠鎧 
其有佛出此國 聲震動如雪山 
如蓮花香潔 開張香氣勝 
今觀佛光曜 如日之初出 
如月行虚空 無有諸雲翳 
如是佛世尊 光顯於世間 
觀佛之智慧 如闇然大火 
施衆以明眼 決了諸疑惑

爾時諸梨奢語婆羅門言。汝可重説此偈。時婆羅門即再三説此偈。時諸梨奢以其善讃偈故。即與五百領衣。時婆羅門得此衣已。即用上佛言。願佛哀愍故。而爲受之。爾時世尊告諸梨奢。世間有五種寶難得。何等五。一者佛世尊出於世間。此寶難得。佛出世間聞佛説法爲人説者。此寶難得。佛出世間爲人説法聞法解者。此寶難得。佛出世間聞佛説法如法而行。此寶難得。得信樂者。此寶難得。是爲五寶世間難得。爾時五百梨奢。聞佛種種方便説法開化。極大歡喜白佛言。願明旦受我請。與比丘僧倶。佛言。我已受菴婆羅婆提請時五百梨奢振手而言。菴婆羅婆提捐棄我等。即從座起前禮佛足遶已而去。爾時菴婆羅婆提。還家辦具種種多美飮食。明日往白時至。世尊清旦著衣持鉢與比丘僧千二百五十人倶。往菴婆羅婆提家就座而坐。時婆提。飯佛及比丘僧。種種多美飮食。食飮足已。置鉢於地。持金澡瓶水洗佛手。前白佛言。毘舍離國有諸園觀。此最第一。今奉世尊。在中住止。唯願哀愍見爲受之。佛告言。汝可奉佛及四方僧。何以故。若佛園園物。若房舍房舍物。若鉢若衣。若座具針筒。如佛塔廟。一切世間諸天龍神梵天沙門婆羅門諸天及人。無有能用者。婆提言。今以上佛及四方僧。願爲受之。時佛哀愍故。爲呪願受之

若爲作寺廟 種植諸果樹 
橋船以度人 曠野施水果 
兼復施屋舍 如是之人輩 
日夜福増長 如法能持戒 
彼人向善道

時婆提。更取小床於一面坐。時世尊爲説種種法。令大歡喜。即於座上諸垢消除得法眼淨。見法得法已成果證。白佛言。自今已去。歸依佛法僧作佛優婆私。從今已去。不殺生乃至不飮酒。時婆提。聞佛種種方便説法。極大歡喜。從座起禮佛足而去。

爾時世尊。在靜處思惟。心自念言。諸比丘在道路行多擔衣。有頭上戴。或有肩上擔。或有帶著腰中。見已作如是念。寧可爲諸比丘制衣多少。過不得畜。時世尊。初夜在露地坐著一衣。至中夜覺身寒。即著第二衣。至後夜覺身寒。著第三衣。時世尊作如是念。當來世善男子不忍寒者。聽畜三衣足。我聽諸比丘畜三衣不得過。夜過已。世尊以此事集比丘僧告言。我在靜處思惟。諸比丘在道行大擔衣。或頭上戴肩上擔帶著腰中。見已作如是念。我今寧可爲諸比丘制衣多少過者不得畜。我於初夜在露地坐著一衣。至中夜覺寒著第二衣。至後夜覺寒著第三衣。我作如是念。當來善男子不忍寒者。畜三衣足。我今寧可制諸比丘畜三衣。若過不得畜。自今已去。聽諸比丘畜三衣。不得過畜。

訓読

時に耆婆(ぎば)童子、異時に一領の貴價衣(きけえ)を持して、世尊(せそん)の所に往き、頭面(ずめん)禮足(らいそく)して却(しりぞき)て一面に住し、世尊に白して言く、我れ若しは國王を治し、若しは大臣を治さば、或は一國土を得、或は一聚落(じゅらく)を得ん。唯だ世尊、當に我が願(ねがい)を與(ゆる)すべしと。佛言く、我已(すで)に願(ねがい)を過ぎたり。人に願を與(あた)へずと。耆婆復(ま)た言く、願くば我が清淨の願を與へたまへと。佛言く、何等の清淨(しょうじょう)の願を求むるやと。答て言く、我が此の貴價衣、王波羅殊提(はらしゅだい)の間に從て得たり。價(あたい)、半國に直す。願くば世尊、哀愍の故に我が爲に受けたまへと。自今(じこん)已去(いこ)、願くは諸の比丘に檀越(だんおつ)施衣(せえ)を著せんと欲するも、糞掃衣(ふんぞうえ)を著せんと欲するも、意に隨て著することを聽(ゆる)したまへと。爾の時、世尊、默然(もくねん)として之を可(ゆる)したまふ。時に耆婆童子、世尊の可しを得已て、即持に金の澡瓶(そうびょう)の水を以て佛の手を洗ひ、此の大貴價衣を持て佛に上(たてまつ)る。佛、慈愍(じみん)の故に、爲に之を受けたまふ。耆婆童子、頭面禮足して却て一面に坐す。佛、爲に種種に説法して、歡喜を得せしむ。前で佛を禮し已て還り去る。時に世尊、此の因縁を以て比丘僧(びくそう)を集めたまひ、諸の比丘の爲に隨順に説法す。無數(むしゅ)の方便(ほうべん)を以て頭陀(ずだ)と威儀(いぎ)を攝持し、少欲(しょうよく)知足(ちそく)にして智慧有り、出離(しゅつり)を樂(ねが)ふ者を讃歎す。諸の比丘に告げたまはく、此の衣、貴價衣中第一なり。牛の乳(にゅう)を出し、乳の中に酪(らく)を出し、酪の中に生酥(しょうそ)を出し、生酥の中に熟酥(じゅくそ)を出し、熟酥の醍醐(だいご)を出して最精第一なるが如し。此の衣も是くの如し。衆多の衣中、最も第一とす。自今已去、諸の比丘、意に隨て檀越(だんおつ)施衣(せえ)と糞掃衣を著すことを聽すと。爾の時、瓶沙(びょうしゃ)王、佛の諸の比丘に檀越施衣を畜ふることを聽したまへるを聞て、即ち著る所の貴價の欽婆羅衣(こんばらえ)を持て、比丘に送り與(あた)ふ。諸の比丘、受けずして言く、佛、未だ我曹(われら)の大價衣を蓄ふることを聽したまはずと。諸の比丘、佛に白す。佛言く、自今已去、貴價の欽婆羅衣を畜ふことを聽すと。後に復た人を遣(つか)はして王著ける所の貴價の𣰽𣯫(くる)を送る。諸の比丘、敢て受けず、佛、未だ我曹の貴價の𣰽𣯫を蓄ふることを聽したまはずと。諸(もろもろ)の比丘、佛に白く。佛言く、自今已去、畜ふることを聽すと。爾の時、六群比丘、廣大長毛の𣰽𣯫を畜ふ。諸の比丘、此の事を以て佛に白く。佛言く、畜ふべからずと。佛言く、自今已去、諸の比丘、氍氀を畜ふることを聽す。廣さ三肘(さんちゅう)・長さ五肘(ごちゅう)・毛長三指(さんし)は、應に淨施(じょうせ)して畜ふべしと。爾の時、耆婆童子、佛の諸の比丘に檀越施衣を畜ふることを聽したまはれるを聞て、即ち人を遣て、王著る所の短毛の氍氀を送り、諸の比丘に與ふ。諸の比丘、敢て受けず、佛、未だ我に短毛の氍氀を蓄ふることを聽さずと。諸の比丘、往て佛に白く。佛言く、自今已去、畜ふることを聽すと。爾の時、王舍城の諸の優婆塞(うばそく)、佛の諸の比丘に檀越施衣を蓄ふることを聽したまへるを聞て、即ち人を遣(や)り大(おおい)に種種の好衣を送て諸の比丘に與ふ。諸の比丘、云何(いかん)するべきか知らず。往て佛に白く。佛言く、分つことを聽すと。云何が分つかを知らず。佛言く、當に人の多少を數ふべし。若し十人ならば十分とし、若し乃至百人ならば百分となせと。衣を分つ時、好惡相ひ參(まじわ)る。時に彼の衣を分つ者、輒(すなわ)ち自ら分を取る。佛言く、自ら分を取るべからず。應に異人(いじん)をして分たしむべしと。異人をして分を取らしむ。彼れ自ら分を取る。佛言く、自ら取るべからず。當に籌(ちゅう)を擲(なげうち)て分つべしと。彼の比丘、自ら籌を擲つ。佛言く、自ら籌を擲つべからず。見ざる者の籌を擲つことを聽すと。時に王著る所の大貴價衣有て、分つべからず。佛言く、截破(ぜちは)して分つことを聽す。自今已去、刀を以て衣を截(た)つことを聽すと。爾の時、比丘、未だ浣(あら)はざる衣を得。佛言く、自ら浣ひ、若くは人をして浣はしむことを聽すと。時に浣器(かんき)を須ふ。佛言く、浣器を蓄ふべしと。若し浣板(かんばん)無くば、板を畜ふることを聽す。若し剪刀(せんとう)を須ふならば、畜ふことを聽すと。

爾の時、世尊、王舍城(おうしゃじょう)を出、南方の人間(にんげん)に遊行(ゆぎょう)したまふ。中道に田有て、善く能く事を作して畦畔(えばん)齊整(さいせい)なるを見たまふ。見已て阿難(あなん)に告げたまはく、汝、此の田を見るや不(いな)やと。答て言く、已に見る、世尊と。佛、阿難に問ひたまはく、汝、能く諸の比丘の爲に、是くの如きの衣法を作すや不やと。答て言く、能くすと。佛、阿難に語りたまはく、汝、往て諸の比丘の教へよと。時に阿難、彼從(よ)り王舍城に還(かえり)て諸の比丘に教へ、是くの如き割截衣(かつぜちえ)を作らしむ。此れは是れ長條(じょうじょう)、此れは是れ短條(たんじょう)、此れは是れ葉(よう)、此れは第一縫、此れは第二縫、此れは是れ中縫、此れは條葉(じょうよう)兩向(りょうこう)と。時に王舍城、多く割截衣を著く。爾の時、世尊、南方の人間に遊行し已て王舍城に還り、諸の比丘の多く割截衣を著くるを見たまはふ。告て言く、阿難、聰明にして大智慧あり。我れ爲に略して説けり。而も能く廣く其の義を解(げ)す。過去の諸の如來、無所著、佛の弟子も、是くの如き衣を著けり。我れ今日(こんにち)の如き、未來世の諸の如來、無所著、佛の弟子も、是くの如き衣を著けん。我が今日の如き、刀截(とうぜち)して沙門の衣を成さば、怨賊(おんぞく)の爲に剥(は)がられず。今日從り已去、諸の比丘に割截の安陀會(あんだえ)・欝多羅僧(うったらそう)・僧伽梨(そうぎゃり)を作すことを聽す。時に諸の比丘、割截の安陀會を作して襯體(しんたい)として著く。葉邊(ようへん)速かに破し、塵垢葉内に入る。自今已去、不割截(ふかつぜち)の安陀會を作ることを聽すと。諸の比丘、割截の欝多羅僧・僧伽梨を著く。葉邊速かに破れ、塵垢内に入て露濕す。佛言く、自今已去、不割截(ふかつぜち)の欝多羅僧・僧伽梨を著ることを聽すと。葉は鳥足縫(ちょうそくぶ)に作し、若しは葉邊(ようへん)を編(つら)ね、若しは馬齒縫(めしぶ)に作すことを聽すと。諸の比丘、當に幾條の衣を作すべきかを知らず。佛言く、五條にすべし、六條にすべからず。七條にすべし、八條にすべからず。九條にすべし、十條にすべからず。乃至、十九條にし、二十條にすべからず。若(も)し是の條數(じょうしゅ)を過ぎなば畜ふべからずと。

爾(そ)の時、比丘、反襵(ほんしょう)して涅槃僧(ねはんそう)を著け、白衣舍(びゃくえしゃ)に入て解脱(げだつ)し形を露(あらわ)す。諸の比丘、佛に白く。佛言く、爾すべからず。帶(おび)を作て著ることを聽すと。時に六群比丘、上色(じょうしき)の帶を畜ふ。佛言く、畜ふべからずと。諸の比丘、錦を以て作る。佛言く、錦にて作るべからずと。諸の比丘、白帶を畜ふ。佛言く、白を以て作るべからずと。佛言く、袈裟色の帶を畜ふことを聽すと。爾の時、六群比丘、廣長の腰帶を作る。諸の比丘、佛に白く。佛言く、作るべからず。廣さ二指(にし)にして遶腰(にょうよう)三周(さんしゅう)を作ることを聽す。若し已作(いさ)を得ば、應に二疊・三疊・四疊、若しは三四疊に作るべし。亂て縫合することを聽す。若し短きは、繩(なわ)を作て續(つ)ぐことを聽す。若し帶、細軟(さいなん)ならば、結を數て速に斷ず。應に紐、若しは玦(けち)を安ずべしと。諸の比丘、寶(たから)を用て作る。佛言く、寶を用ふべからず。若しは骨を用ひ、若しは牙、若しは角、若しは鐵、若しは銅、若しは白鑞(びゃくろう)、若しは鉛錫(えんしゃく)、若しは綖(いと)、若しは木、若しは胡膠(こきょう)を用て作るべし。云何が玦を安ずるかを知らず。佛言く、帛(きぬ)を以て縫ひ、若しは孔を穿(うがち)て著けよと。時に諸の比丘の帶、斷壞(だんえ)す。補治(ほじ)することを聽すと。復た云何が補治するやを知らず。佛言く、若し重は綖(のべ)て更に縫へ。若し邊壞(へんえ)せば、綫(いと)を編することを聽す。若し帶頭(たいず)の鬚(ふさ)、壞すれば、更に綫を以て續ぎ、若しは縫ふことを聽す。

爾の時、比丘、僧祇支(そうぎし)を繋けずして聚落(じゅらく)に入て行く。使ち衣墮して形露る。佛言く、衣を繋けずして聚落に入るべからず。帶を安じ、若しは縫ふことを聽す。

爾の時、舍利弗(しゃりほつ)、白衣舍に入る。風吹て割截衣、肩より墮つを患(わずら)ふ。諸の比丘、佛に白く。佛言く、肩の頭(うえ)に鉤紐(こうちゅう)を安ずることを聽すと。

爾の時、世尊、王舍城に在して、千二百五十の比丘と倶(とも)に人間に遊行したまへり。爾の時、比丘、多く衣を持し、或は頭に戴(の)せ、或は肩に擔(にな)ひ、或は帶にて腰中に著(つ)く。時に比丘有り、伽梵婆提(ぎゃぼんばだい)と字(なづ)く。恒水(ごうすい)の邊に詣(いたり)て、佛の渡らんと欲する處は、即ち神力(じんりき)を以て水を斷ず。時に佛、水を渡り已て、諸の比丘の多く衣を持して、或は戴に頭せ、或は肩に擔ひ、或は帶にて腰中に著くるを見たまへり。見已り念じて言く、此の諸の比丘、多く衣を持すること是くの如し。我れ寧ろ諸の比丘の爲に衣の多少を制して齊限(さいげん)有らしむべし。若し過ぎれば畜ふべからずと。

爾の時、世尊、婆闍(ばじゃ)國より人間に遊行し、毘舍離(びしゃり)に詣りたまふ。爾の時、菴婆羅婆提(あんばらばだい)、佛の千二百五十の比丘と倶に人間に遊行し、來て毘舍離に詣りたまはれるを聞て、即ち車に乘て世尊の所に往く。遙に世尊の相好(そうごう)端嚴(たんごん)なるを見て恭敬(くぎょう)歡喜(かんぎ)し、即時に車を下て往て佛の所に詣り、頭面禮足して却て一面に住す。爾の時、世尊、爲に説法勸化し、歡喜を得せしむ。佛の説法を聞き已て踊躍歡喜し、佛に白して言く、唯だ願くは世尊、我が明日(みょうにち)の請食(しょうじき)を受けたまへ。并(ならび)に比丘僧、我が園に在て一宿したまへと。時に世尊、默然として許可(こか)したまふ。彼れ佛の許したまへるを知り已り、頭面禮足して佛を遶(めぐり)て去る。

爾の時、世尊、毘舍離に住して、菴婆羅(あんばら)の園中に在せり。諸の梨奢(りしゃ)、佛の千二百五十弟子と人間を遊行し、來て毘舍離に詣りたまはれるを聞き、種種の衣服(えぶく)瓔珞(ようらく)を著け、種種の車に乘て、往て世尊を迎ふ。諸の梨奢、或は紺色(こんじき)の瓔珞衣服を著け、紺色の車馬に乘り、紺色の侍從、紺色の刀・鉾(ほこ)・幡(はた)・蓋(かさ)、紺色の珠の毛拂(もうほち)有り。青・黄・赤・白・黒の車馬・侍從・嚴飾も亦た復た是くの如し。是くの如き五百の梨奢有て、世尊の所に詣る。時に菴婆羅婆提、佛を迎て還る道に、諸の梨奢に遇ふ。亦た道を避けず、車蓋相ひ突く。時に梨奢の中に耆老(ぎろう)の者有り。菴婆羅婆提に語て言く、汝、何の故にか道を避けず、共に相ひ逼斥(ひっしゃく)して車蓋相ひ突くやと。婆提、答て言く、爾(しか)る所以(ゆえん)は、我れ佛及び僧を請じて我が園に在て宿せり。心、佛に在て餘意(よい)有ること無しと。梨奢、語て言く、我れ汝に百千兩金を與へん。佛の我が請と供養を受けんことを聽せと。答て言く、我れ已に佛及び僧を請じて我が園に止宿せしむ。云何が當に捨つべきと。梨奢、復た言く、我れ汝に二百千兩金、乃至十六百千をを與へん。世尊の我が請と供養の飮食を受けんことを聽せと。答て言く、能はずと。梨奢、復た言く、半國の財物を以て汝に與へん。佛の我が請と供養の飮食を受けんことを聽せと。答て言く、設(たと)ひ我に全毘舍離國を與ふれども我れ亦た捨てず。何を以ての故に。我れ已に佛及び僧を請じて園に在て供養すればなりと。爾の時、五百の梨奢、手を振り菴婆羅婆提を瞋恨(しんこん)して言く、我等を捐棄(えんき)すと。即ち車に乘て菴婆羅園に詣る。爾の時、世尊、彼の園の中に在て無數の衆の與(ため)に圍遶(いにょう)せられ説法したまふ。遙かに五百の諸の梨奢來るを見、諸の比丘に告げたまはく。其れ比丘有て、忉利(とうり)の諸天、出遊する時を見ずんば、當に此の諸の梨奢を觀るべし。忉利の諸天、出遊せんと欲する時、此れと異なること無し。佛、諸の比丘に告げたまはく、汝の心念を愼(つつし)み、威儀を攝持(しょうじ)せよ。此れは是れ我が教へなり。云何(いかん)が比丘、汝(なんじ)の心念(しんねん)を愼(つつし)む。若し比丘、内身(ないしん)を觀じて身意(しんい)止み、精勤し攝持して念、散亂せず、貪(とん)・嫉(しつ)・世間の憂惱(うのう)を調伏(ちょうぶく)す。外身(げしん)を觀じて身意止み、精勤し攝持して念、散亂せず、貪・嫉・世間の憂惱を調伏す。内外身を觀じ、受(じゅ)・心(しん)・法(ほう)を觀ずることも亦た是くの如し。是くの如くして比丘、正心念(しょうしんねん)を得。云何(いかん)が威儀(いぎ)を攝持(しょうじ)す。比丘、若しは出、若しは入り、屈し、伸べ、俯せ、仰ぐに、衣鉢を執持す。若しは飮み、若しは食ひ、若しは服藥、大小便利(だいしょうべんり)し、若しは眠り、若しは覺め、若しは來り、若しは去り、若しは坐し、若しは住し、若しは睡り、若しは覺め、若しは語り、若しは默すに、常爾(じょうに)一心(いっしん)たる。是れを比丘の威儀を攝持すと謂ふ。爾の時、毘舍離の五百の梨奢、車、所住の處に至て便ち車を下り、世尊の所に詣る。頭面禮足して却て一面に坐す。五百の梨奢、佛の邊に在て復た威神(いじん)無し。唯だ佛世尊、大衆の中に在て光明の威徳、最勝にして比(たぐ)ひ無し。猶(なお)し秋天(しゅうてん)の雲翳(うんえい)有ること無く、日が虚空を行くに威曜(いよう)、比ひ無きが若し。是くの如く世尊、五百の梨奢の中に在て神徳(じんとく)・名稱(みょうしょう)・顏貌、比ひ無し。爾の時、衆中(しゅちゅう)に婆羅門(ばらもん)有て、賓耆羊菟(ぴんぎようず)と字く。此の婆羅門、座より起て偏へに右肩を露し、右膝を地に著け佛に白して言く。我れ説く所有らんと欲すと。佛言く、汝が説く所を聽すと。此の婆羅門、即ち佛の前に於て、偈(げ)を説て佛を讃ず。

摩竭(まかつ)王、善利を得、鴦伽(あうぎゃ)王、珠鎧(しゅがい)を持す。
其れ佛有て此の國に出づ。聲、震動する雪山(せつせん)の如し。
蓮花(れんげ)の香潔(こうけつ)、開張(かいちょう)して香氣の勝(すぐれ)るが如し。
今ま佛の光曜(こうよう)を觀るに、日の初て出づるが如く、
月の虚空を行くが如く、諸の雲翳(うんえい)有ること無し。
是くの如く佛(ぶつ)世尊(せそん)、世間を光顯(こうけん)したまふ。
佛の智慧を觀るに、闇に大火を然(も)すが如く、 
衆に施すに明眼(みょうげん)を以てし、諸の疑惑を決了(けつりょう)したまふ。

爾の時、諸の梨奢、婆羅門に語て言く、汝、重て此の偈を説くべしと。時に婆羅門、即ち再三、此の偈を説く。時に諸の梨奢、其の善讃偈を以ての故に、即ち五百の領衣(りょうえ)を與ふ。時に婆羅門、此の衣を得已て、即ち用て佛に上て言く、願くは佛、哀愍(あいみん)の故に、而も爲に之を受けたまへと。爾の時、世尊、諸の梨奢に告げたまはく、世間に五種の寶有て得難し。何等(なんら)を五とす。一には佛世尊の世間に出づること。此の寶、得難し。佛、世間に出で佛の説法を聞き、人の爲に説くは、此の寶、得難し。佛、世間に出で人の爲に説法し、法を聞て解すは、此の寶、得難し。佛、世間に出、佛の説法を聞き、法の如くにして行ずるは、此の寶、得難し。信樂(しんぎょう)を得んは、此の寶、得難し。是れを世間に得難き五寶と爲す。爾の時、五百の梨奢、佛の種種に方便して説法開化したまふを聞き、極て大いに歡喜し佛に白して言く、願くは明旦(みょうたん)、我が請(しょう)を比丘僧と倶に受けたまへと。佛言く、我れ已に菴婆羅婆提の請を受くと。時に五百の梨奢、手を振て言く、菴婆羅婆提、我等を捐棄すと。即ち座より起(たち)て前(すす)んで佛足を禮し、遶(めぐ)り已て去る。爾の時、菴婆羅婆提、家に還て種種にして多くの美なる飮食(おんじき)を辦具(べんぐ)し、明日、往て時至れりと白く。世尊、清旦(しょうたん)に衣を著け鉢を持して、比丘僧千二百五十人と倶に、菴婆羅婆提の家に往て座に就て坐したまへり。時に婆提(ばだい)、佛及び比丘僧に種種にして多くの美なる飮食を飯す。食飮(じきおん)、足り已て、鉢を地に置き、金の澡瓶の水を持て佛の手を洗ひ、前んで佛に白して言く、毘舍離國に諸の園觀(おんかん)有て、此れ最も第一なり。今、世尊に奉(たてまつ)る。中に在て住止したまへ。唯だ願くは哀愍せられ、爲に之を受けたまへと。佛、告て言く、汝、佛及び四方僧(しほうそう)に奉るべし。何を以ての故に。若しは佛の園・園物、若しは房舍・房舍物、若しは鉢、若しは衣、若しは座具・針筒、佛塔(ぶっとう)・廟(びょう)の如き、一切世間の諸天・龍神・梵天、沙門・婆羅門、諸天及び人、能く用ふる者有ること無しと。婆提言く、今ま以て佛及び四方僧に上る。願くは爲に之を受けたまへ。時に佛、哀愍の故に呪願(しゅがん)を爲して之を受けたまふ。

若し爲に寺・廟を作り、諸の果樹を種植し、
橋・船以て人を度(わた)し、曠野に水果を施し、
兼て復た屋舍を施す。是くの如きの人輩、
日夜に福、増長す。法の如く能く戒を持せば、
彼の人、善道(ぜんどう)に向はん。

時に婆提、更に小床を取て一面に於て坐す。時に世尊、爲に種種の法を説き、大歡喜せしめたまふ。即ち座の上に於て諸垢消除し、法眼淨(ほうげんじょう)を得。法を見、法を得、已に果證を成ず。佛に白して言く、自今已去、佛法僧に歸依し、佛の優婆私(うばし)と作(と)らん。從今已去、不殺生(ふせっしょう)乃至不飮酒(ふおんじゅ)と。時に婆提、佛の種種方便の説法を聞て、極て大いに歡喜し、座より起て佛足(ぶっそく)を禮して去る。

爾の時、世尊、靜處(じょうしょ)に在て思惟(しゆい)し、心に自ら念じて言く、諸の比丘、道路に在て行くに於て、多く衣を擔(にな)ふに頭の上に戴せる有り、或は肩の上に擔ふ有り、或は腰の中に帶著する有りと。見已て是くの如き念を作したまふ、寧ろ諸の比丘の爲に衣の多少を制すべし。過て畜へることを得ずと。時に世尊、初夜(しょや)に露地に在て坐すに一衣を著けたまふ。中夜(ちゅうや)に至て身に寒きを覺へ、即ち第二衣を著けたまふ。後夜(ぐや)に至て身に寒きを覺へ、第三衣を著けたまふ。時に世尊、是くの如き念を作したまふ。當來世の善男子、寒きを忍べざれば、三衣(さんえ)を畜へて足ることを聽す。我れ諸の比丘の三衣を蓄ふることを聽す。過ぎることを得ずと。夜過ぎ已て、世尊、此の事を以て比丘僧を集め告げ言く、我れ靜處に在て思惟するに、諸の比丘、道に在て行くに於て、大いに衣を擔ふに、或は頭の上に戴せ、肩の上に擔ひ、腰の中に帶著す。見已て是くの如く念を作す。我れ今、寧ろ諸の比丘の爲に衣の多少を制すべし。過れば畜ふることを得ずと。我れ初夜に於て露地に在て坐すに一衣を著く。中夜に至て寒きを覺へ第二衣を著く。後夜に至て寒を覺へ第三衣を著く。我れ是くの如き念の作す。當來の善男子、寒さを忍べざれば、三衣を畜ふに足る。我れ今、寧ろ諸の比丘の三衣を畜ふることを制すべし。若し過ぎれば畜ふることを得ずと。自今已去、諸の比丘、三衣を蓄ふることを聽す。過ぎて畜ふることを得ずと。

脚註

  1. 檀越(だんおつ)施衣(せえ)

    檀越は[S/P] dānapatiの音写で施主の意。糞掃衣のようにゴミとして棄てられた布でなく、施主から寄進された新しい布を衣としたもの。『パーリ律』ではこれを[P] gahapaticīvara(居士衣)とする。▲

  2. 比丘僧(びくそう)

    [S] bhikṣusaṃgha / [P] bhikkhusaṅgha. 比丘僧伽の略。四人以上の比丘が一処に集うことによって成立する仏教における正式な出家者組織。僧は本来、出家者個人(比丘)を指す語ではなく、その組織(比丘僧伽)を言った言葉。例えば一本か二本の木をして林や森と称することがないように、仏教の出家者は沙門あるいは比丘といい、その四人以上の集団・組織を僧という。▲

  3. 方便(ほうべん)

    [S/P] upāya. 手段・方法。▲

  4. 威儀(いぎ)

    [S/P] vidhacāra. 特に行住坐臥の四威儀。歩き、留まり、坐し、臥すなど日常における四種の行儀。
    あるいは制止・抑止・拘束を原意とする[S/P] samvara. 仏教では僧俗に説かれた諸々のなさざるべき行為、禁則をいう。いわゆる学処([S] śikṣāpada / [P] sikkhāpada)に同じであるが、原意からする戒([S] śīla / [P] sīla)とは異なることに注意。▲

  5. 少欲(しょうよく)知足(ちそく)

    少欲は[S] alpêcchatā / [P] appicchaの訳。求めること少なくあること。
    知足は[S] saṃtuṣṭa / [P] santuṭṭhaの訳。満ち足りていること。▲

  6. 出離(しゅつり)

    世俗を離れること。不死・解脱・涅槃に同じ。▲

  7. 乳(にゅう)

    [S] kṣīra / [P] khīra. 以下、牛乳を濃縮させて得られる、いわゆる五味が列挙されて最上なるものの喩えが示される。▲

  8. 酪(らく)

    [S/P] dadhi. 凝乳。いわゆるカード(curd)。▲

  9. 生酥(しょうそ)

    [S/P] navanīta. フレッシュ・バター。▲

  10. 熟酥(じゅくそ)

    [S] ghṛta / [P] ghata. バター。▲

  11. 醍醐(だいご)

    [S] sarpirmaṇḍa / [P] sappimaṇḍa. 乳油、いわゆるギー(ghee)。▲

  12. 欽婆羅衣(こんばらえ)

    既出。毛織物の衣。▲

  13. 𣰽𣯫(くる)

    既出。長毛の敷物。▲

  14. 廣さ三肘(さんちゅう)・長さ五肘(ごちゅう)・毛長三指(さんし)

    肘は[S] hasta / [P] hatthaの訳で、古代印度における長さの単位の一。腕を曲げた時の肘から中指の先までの長さ。人の身長によって異なるが、支那では一般に一尺五寸から一尺八寸(およそ45cmから55cm)とされた。指は[S/P] aṅgulaの訳で同じく古代インドにおける長さの単位で指の幅。およそ八分(2.1cm)。十二指で一搩手となり、二搩手で一肘となる(麥<指<肘<搩<尋)。 ただし、律における規定は仏身を基準とするものであり、それは常人に倍するものであったとされることから、常人の長さを二倍したものがその大きさとなる。これを仏量という。したがって、広さ三肘・長さ五肘・毛長三指はおよそ300×180×6.3cm。▲

  15. 淨施(じょうせ)

    他者にその所有権を与えること。ただし、その使用権は放棄せず、そのまま自らが使用する。ここで浄とは、律の規定に違反しないこと・合法であることの意。律の規定(ここでは所有物の上限数)に違反しないための措置(浄法)の一つ。▲

  16. 籌(ちゅう)

    基本的には僧伽における諸々の羯磨(儀式)に集まった比丘の人数を数えるため、あるいは議決(投票・多数決)するために用いる細い棒(串)を言う語。
    ただし、ここでの場合、単に数を取るための棒ではなく、その分配の優先権もしくは好悪いずれを取るかを決めるための「籤(くじ)」、いわゆる「御籤(みくじ)」の如き用い方をしていることに注意。実際、これが後代の「おみくじ」となった。▲

  17. 人間(にんげん)

    人が住み生活する場所、社会・集落・村落。▲

  18. 畦畔(えばん)齊整(さいせい)

    畦も畔も「あぜ」の意。畦畔は今一般に漢音で「けいはん」を読まれるが、「くろあ」とも訓じられる。稲田が畔によって区画され整然としてあること。これを一般に田相(でんそう)といい、以降は沙門衣の一大特徴となった。
    『四分律名義標釈』「畦。弦雞切。音奚。田五十畝曰畦。又區也。畔。薄半切。音叛。田界也。五分云。畻畔(畻。音繩。稻田畦畔也)。僧祇律云。佛住王舍城。天帝釋石窟前經行。見摩竭提國。稻田畦畔分明。差互得所。語諸比丘。過去諸佛。如來。應供。正徧知。衣法正如是。從今日後作衣。當用是法。章服儀云。條堤之相。事等田疇之畦。貯水而養嘉苗。譬服此衣。生功德也。佛令像此。義不徒然。又云比見條葉不附正儀。當馬齒。鳥足。縫之。即須順左右條。開明孔。不作。即同縵衣由縵衣無壇隔條葉也。作衣法。詳如墮篇第九十戒」 ▲

  19. 割截衣(かつぜちえ)

    漢音では「かっせつえ」。大きな布を敢えて大小交えた一定の小さな布片に裁断し、少しづつ重ね代(しろ)を設けて縫い合わせ、稲田の様子を模して誂(あつら)えた衣。▲

  20. 長條(じょうじょう)

    條(条)は稲田を模して誂えらるための縦長で帯状の部分。
    例えば衣を五条にて仕立てる場合、縦長の布片を横に五つ並べて縫い重ねるが、その条は必ず長い布片と短い布片各一枚で構成されるが、その長い布片の部分。
    一般に、五条衣ならば一長一短、七条衣から十三条衣ならば両長一短、十五条から十九条は三長一短とされる。ただし、それは『摩訶僧祇律』等に基づく説であり、『四分律』自体にはそのような規定は無い。それは『パーリ律』も同じであり、前述したように条数の規定すらも無い。とは言え、分別説部(上座部)においても五条は必ず一長一短にて仕立てられている。▲

  21. 短條(たんじょう)

    条を構成する布片のうち短い部分。▲

  22. 葉(よう)

    小さな布片あるいは条同士を縫い合わせた際の重ね代の称。稲田でいう畔にあたる部分。▲

  23. 條葉(じょうよう)兩向(りょうこう)

    必ず奇数条で作られるべきとされる衣の中心にあたる条は、その左右の条からして最も上に重ねる部分となることを表した一節。▲

  24. 刀截(とうぜち)して沙門の衣を成さば...

    元来は無価値な糞掃衣(棄てられた布・衣)をこそ沙門衣としていたのが、檀越施衣(居士衣)が許されたことにより、場合によっては貴重かつ高価な衣財による沙門衣を仏教僧は着用することになった。そこでしかし、釈尊による沙門衣の形状を稲田を模したものとする提案を阿難尊者が実現した、すなわち拾ったものであれ布施として得たものであれ、それが大きな一枚布であったとしても小さな布片に裁断して縫い合わせたものとしたことにより、その衣財が無価値なものとなった。その結果として、盗賊(追い剥ぎ)により強奪される恐れが無くなった。
    日本の近世においても大きな衣料(反物)は換金することが出来、また物々交換し得る資産的価値あるものであったが、古代印度においても高品質な大きな一枚布は強奪するだけの価値あるものであったことは想像に難くない。ただし、『パーリ律』には該当する一節はない。▲

  25. 安陀會(あんだえ)

    [S] antarvāsa (antarvāsaka) / [P] antaravāsa. antar(下の)+vāsa(衣服)。腰を覆う衣、腰巻き。支那・日本でいうところの裳・裙。漢訳では下衣・内衣・裏衣と直訳され、その用の実際から内宿衣あるいは作務衣と意訳される。精舎における掃除や修繕など営事において、あるいは日常的に着しておくべき(陰部・臀部・両脚を隠すための)衣。▲

  26. 欝多羅僧(うったらそう)

    [S/P] uttarāsaṅga. uttara(上の、優れた)+āsaṅga(外套)。上半身から下半身を覆う衣。漢訳では上衣とされ、あるいは中価衣と意訳される。精舎内における食事・講経・読経・礼拝・修禅など僧事において必ず着用すべきとされる僧院内の装束であり、また僧伽の諸活動(法事)における普段着であることから入衆衣と称される。▲

  27. 僧伽梨(そうぎゃり)

    既出。精舎から集落や王城などへ托鉢や説法のために外出する際に必ず着用すべき正装で、下衣・上衣の上にまとい、あるいは畳んで左肩の上に掛ける衣。必ず裏をつけて二重に仕立てるべきとされる。漢訳ではその形状から大衣・雑砕衣、あるいは入王宮聚落衣と意訳される。▲

  28. 襯體(しんたい)

    襯は肌着の意。安陀会が下半身に直接付ける下着であることを表した語。
    『四分律名義標釈』「即襯身衣。如墮篇中釋」 ▲

  29. 葉邊(ようへん)

    条の重ね代(しろ)で、その縫い合わせた部分。▲

  30. 不割截(ふかつぜち)

    小さな布片を縫い合わせたものを重ねて葉とせず、細長い別の布を葉として縫い付けることによって田相を作ること。これを帖葉(じょうよう)という。▲

  31. 鳥足縫(ちょうそくぶ)

    漢音では「ちょうしょくほう」。葉の縫い方の一つ。その跡が鳥の足のようなものであることによる称。
    漢字の「人」の形の様でもあるが、支那においては、その又の部分は縫い合わせず開いたままとすることを習いとしている。これを「開葉(かいよう)」と支那にて称したが、本『四分律』は開葉、すなわち葉の片側だけを縫ってもう一方は縫わぬようにせよとは定められておらず、また唐代に印度を巡歴した義浄の『南海寄帰内法伝』には、開葉などというものは印度において無いことを報告し、合わせてそれが支那における独自の制(すなわち非仏説)であることを批判している。
    そもそも、衣は沙門の普段着であり、故にそれは丈夫に誂えられるべきものであるのに、重ね代となる葉の部分を片方だけ縫い付けて片方を開け放てとする説は非合理であり、全く非実用的なものである。現代の南方における分別説部の衣はすべて、葉の両側はしっかり縫われており、いわゆる開葉とされているものなど全く無い。▲

  32. 葉邊(ようへん)を編(つら)ね

    葉の縫い方の一つ、編葉辺(へんようへん)。斜めに縫い連ねること。▲

  33. 馬齒縫(めしぶ)

    漢音では「ばしほう」。葉の縫い方の一つ。文字通り馬の歯型のような縫い目とすることによる称。鳥足に同じく、その中間部は開葉とすることを支那では習いとした。もっとも、鳥足縫に同じく、これをいわゆる開葉にすべきとする律文は無い。▲

  34. 若(も)し是の條數(じょうしゅ)を過ぎなば...

    支那で成立した律宗(特に南山律宗)では、『四分律』を所依の根本典籍としておきながら、僧伽梨(大衣)とは九条以上廿五条以下の衣であるとし、二十条以上の衣を許している。そしてその根拠は他の律蔵の注釈書などを挙げる。しかしながら、本『四分律』では明確に二十条以上の衣を所有することを禁じており、そのような理解は誤ったものと言わざるを得ない。▲

  35. 反襵(ほんしょう)

    めくりあげること。反(さか)しまに襵(ひだめ)ること。▲

  36. 涅槃僧(ねはんそう)

    [S/P] nivāsana. 腰巻きである安陀会の下に着る肌着。裳・裙に同じ。一般に、安陀会と涅槃僧とは別物と理解されるが、あるいは安陀会の別称、言い換えか。▲

  37. 白衣舍(びゃくえしゃ)

    在家の家。印度では古代から近現代にいたるまで白色の衣(avadāta-vasana)は在家者の衣服として一般的であり、在家・俗世の象徴として挙げられる。▲

  38. 形を露(あらわ)す

    裸体を晒すこと。ここで「形」とは特に陰部の意。▲

  39. 帶(おび)を作て著ることを聽(ゆる)す

    『四分律名義標釈』「時比丘。反襵著涅槃僧。入白衣舍。解脫露形。佛言聽作帶著。母論云。爾時比丘初出家。時佛未聽用繩繫著泥洹僧法。用兩頭接腰間。脫落。為俗譏笑。佛言。從今以去。聽編長短。使得再匝纏腰。餘有二尺長。若作繩。令三匝。直用纏腰。頭各使有一尺餘。若比丘腰繩頭有鬚者。不應得蓄廣如律文并百事中釋」▲

  40. 廣さ二指(にし)にして遶腰(にょうよう)三周(さんしゅう)

    腰帯([S/P] kāya-bandhana)における規定の寸法。幅は二指(約4.2cm)とし、長さは腰囲の三倍を限度とする。▲

  41. 上色(じょうしき)

    世間にて好ましいとされる色。沙門がその装束や日用品に用いてはならない忌避すべき色。『四分律』には常色とは何かを明瞭に示した一節はない。
    『毘尼母経』では「薩婆多説曰。上色者。純青純赤純黄純黒純白。是名五種上色」と説一切有部における理解を示し、これをいわゆる青・赤・黄・黒・白の五正色とするが、この解釈を踏襲して何ら妨げないであろう。▲

  42. 已作(いさ)

    すでに腰帯として誂えられたもの。▲

  43. 玦(けち)

    支那において腰帯に付けるその一部を敢えて欠かせた環状の玉(装飾品)。ただし、比丘は装飾の類を身につけられないため、いわゆる帯留めの類を支那の文物に合わせてそう漢訳したのであろう。▲

  44. 白鑞(びゃくろう)

    錫を主成分とする合金。錫鑞。
    『四分律名義標釈』「鑞。落合切。音拉。錫鑞也」 ▲

  45. 鉛錫(えんしゃく)

    鉛と錫の合金。いわゆる「はんだ」に類する合金であろう。▲

  46. 胡膠(こきょう)

    具体的に何かは不明であるが、何等かの樹脂を言ったものであろう。▲

  47. 僧祇支(そうぎし)

    [S] saṃkakṣikā / [P] sankacchika (sankacchā). 僧脚崎(そうかき)とも。上半身の肌着。祇支とも略称され、その用からは覆肩衣(ふけんえ)、形状からは上狭下広衣(じょうぎょうげこうえ)と漢訳される。これにおおよそ二種あり、帯状のやや長い布を左肩から掛け右脇下にて紐など用いて結び着るものと、現代における袖無しシャツ(襯衣)の右肩を切り欠いたようなものとがある。ただし、後者のものは仏滅後、より後代に案出されたもののように思われる。▲

  48. 鉤紐(こうちゅう)

    いわゆる袈裟衣(上衣)を身にまとった際、左肩と右脇下にあたる衣の部分に縫い付ける、脱落するのを防ぐための紐もしくは鈎。
    古代支那および古代日本では紐として縫い付けたが、唐末あるいは宋代から片方に金属または木製・石製の鈎をつけて用いた。▲

  49. 伽梵婆提(ぎゃぼんばだい)

    [P] Gavampati. 釈尊の初転法輪の後、仏陀直々の説法によって出家し阿羅漢となった耶輸伽([P] Yasa)の友人で、その影響から同じく後に出家した四人のうちの一人。
    『四分律名義標釈』「或憍梵波提。或憍梵鉢提。此云牛呞。亦云牛脚或云牛迹。又云牛相。根本律云。咽有二喉。一乃吐生。二便咽熟。然彼曾於過去迦葉佛所出家學道。勤修習誦。其親教師。是阿羅漢。為眾上首。然而年老。形羸飲食緩遲。彼滯習誦之功。便起瞋曰。何故遲食。猶如老牛。師即教令至心悔罪。惡業方除。由於五百世。常受牛身。乃至今日。殘業未盡。尚作牛形。由勤習誦。今得出家。斷諸煩惱。證阿羅漢。楞嚴經云。過去世。輕弄沙門。世世生生。有牛呞病。無量壽經云。又過去世。曾作比丘。於他粟田邊。摘一莖粟。觀其生熟。數粒墮地。五百世。作牛償之(此亦由自摘粟莖。壞鬼神村。故如伊羅鉢龍王業報也)。增一經云。樂居天上。不處人中。所謂牛迹比丘是。分別功德論云。牛脚比丘。以二事。不得居世間。何者。此比丘脚似牛甲。食飽則呞。以是二事。不得居世。若外道見。謂諸沙門。食時無節。生誹謗心。是以佛遣上天。在善法講堂坐禪。善護譏嫌。藏身天上。故稱第一呞。亦作𪗪。爾雅作齝。與呞同。抽知切。音鴟謂食之已久。復出嚼之。牛羊麋鹿皆然。但其名異耳。牛曰𪗪。羊曰。麋鹿曰齸」▲

  50. 恒水(ごうすい)

    [S/P] Gaṅgā. 恒河、ガンジス川。▲

  51. 婆闍(ばじゃ)國

    [S] Vṛji / [P] Vajji. Licchavi(リッチャヴィ / 梨奢)という部族が共和政により治めた古代印度にあった国家の一つ。首都は[S] Vaiśālī / [P] Vesālī / 毘舎離。
    『四分律名義標釈』「亦云䟦闍。善見律云。跋闍者。漢言避也緣如初篇 或云跋闍羅。又云跋耆國」▲

  52. 菴婆羅婆提(あんばらばだい)

    [S] Āmrapālī / [P] Ambapālī. 毘舎離(Vaiśālī)にあった高級娼婦。毘舎離郊外のマンゴー園に生まれたばかりで棄てられていたのを、その守園人が拾って養育したことから、Āmra(マンゴー)+pālī(守る女)と称されたという。後に自らも出家して比丘尼となり、ついに阿羅漢果を得たという。
    このアムラパーリーにまつわる説話は『パーリ律』衣犍度にはなく、Mahāparinibbāna sutta(『大般涅槃経』)に載る。
    『四分律名義標釈』「即菴沒羅女也。如前釋。彼聞佛功德歡喜。持菴婆羅園。奉施世尊。及作佛住處。園在毗舍離城南。三里道西是也」 ▲

  53. 請食(しょうじき)

    食事の招待。在家信者にとって親しく仏陀や比丘僧を供養し功徳を得ることが出来、またその説法を聞くことの出来る、もっとも容易く身近な方法。
    ただし仏教の出家者は正午までに食事を済ませなければならないため、その時間は日の出から正午までに限られる。▲

  54. 梨奢(りしゃ)

    既出。リッチャヴィ。婆闍を共和政によって統治した部族の一。▲

  55. 毛拂(もうほち)

    払子。蚊や虻・蠅などを殺さず追い払うための道具。虫払い。▲

  56. 忉利(とうり)

    既出。三十三天に同じ。六欲天の一つでその第二階層を支配する天の名。▲

  57. 云何(いかん)が比丘、汝(なんじ)の心念(しんねん)を愼(つつし)む

    ここで「心念」とは精神、意識に同じで、その陶冶の仕方。その具体的術としてここに示されたのが、いわゆる四念住(四念処)。その詳細は別項「四念住」を参照のこと。▲

  58. 云何(いかん)が威儀(いぎ)を攝持(しょうじ)す

    身業(身体的行為)を陶冶する仕方。日常の行住坐臥について、いかにすべきかの寛容。具体的には念を維持し、その一挙手一投足について「よく気をつけること」。▲

  59. 賓耆羊菟(ぴんぎようず)

    バラモンの名というが未詳。
    『四分律名義標釈』「或云賓祇耶。又云并暨。大經云。婆羅門子名曰無勝。雜事云。名曰黃髮」 ▲

  60. 摩竭(まかつ)王

    摩竭については既出。摩伽陀とも。ガンジス川中下流域に展開した印度古代国家の一で、その王。
    『四分律名義標釈』「偈云。摩竭王得善利。鴦伽王持珠鎧。摩竭鴦伽二國。皆萍沙王所統。以佛於其國。菩提樹下。成等正覺。故彼國主獲大善利。此即如來生長法身之處。雜事頌云。大王身持寶裝甲。今為國主獲善利。有佛現生於其處。名稱高遠若須彌下有。二頌此不繁錄。雜阿含經偈云。鴦伽族姓王。服珠瓔珞鎧。摩竭眾慶集。如來出其國」▲

  61. 鴦伽(あうぎゃ)王

    [S/P] Aṅga. 鴦伽はガンジス川下流域に展開した古代印度に存した国家の一で、その王。▲

  62. 雪山(せつせん)

    [S] himâlaya (himavat) / [P] himavanta. hima(雪・寒さ)+ālaya(住所・入れ物)。ヒマラヤ山脈。▲

  63. 四方僧(しほうそう)

    全方位(今ならば全世界)にある比丘・比丘尼すべて。対して、律の規定に則って区切った地方・地域・区域にある限定的僧伽を現前僧伽という。▲

  64. 佛塔(ぶっとう)

    [S] stūpa / [P] thūpa. 仏陀の遺骨や遺品などを祀るための塔。土あるいは石などによる伏鉢型の形状。
    塔といっても現代の支那人や日本人が想起するであろうものでない。▲

  65. 呪願(しゅがん)

    「じゅがん」とも。食事や衣など僧伽への布施の功徳によって、その施主に福徳の果報があることを祈願すること。▲

  66. 人を度(わた)し

    漢字の「度」は「渡」に通用し、ここはその意。此の岸から彼の岸に渡すこと。▲

  67. 善道(ぜんどう)

    [S/P] sugati. あるいは[S] kuśala-patha / [P] kusala-patha. より良い境涯・境遇、または道徳的に善い状態。▲

  68. 法眼淨(ほうげんじょう)

    声聞乗における四向四果のうちその初果となる預流果に達することに同じ。四聖諦の真なることを知る位。▲

  69. 優婆私(うばし)

    [S/P] upāsikā. 優婆夷(うばい)に同じ。仏教の在家女性信者。▲

  70. 不殺生(ふせっしょう)乃至不飮酒(ふおんじゅ)

    いわゆる五戒。在家信者がその生活の指針、目標とすべき五つの徳目。詳しくは別項「五戒」を参照のこと。▲

  71. 初夜(しょや)

    一昼夜を六分した六時の一つ。午後六時から十時頃。▲

  72. 中夜(ちゅうや)

    一昼夜を六分した六時の一つ。午後十時から午前二時頃。▲

  73. 後夜(ぐや)

    一昼夜を六分した六時の一つ。午後二時から午前六時頃。▲

  74. 三衣(さんえ)

    沙門衣の種類として安陀会・鬱多羅僧・僧伽梨との別があることは先に定められていたが、いまだその所有の上限数は定められておらず、過分に有する者があった。そこで釈尊は、自らの経験によってその上限を各一領とすることとされた。これを超えて得たものを長衣(じょうえ)といい、浄施しないで使用した場合は(沙門としての)罪となる。▲

僧服関連文献