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Dharmacakra
智慧之大海 ―去聖の為に絶学を継ぐ

『仏説尸迦羅越六方礼経』 (『六方礼経』)

訓読

佛言く、東に向ひて拜するは、謂はく子の父母に事ふるなり。當に五事有るべし。一には當に生を治むることを念ふべし。二には早く起ちて奴婢を勅令し、時に飯食を作らしむ。三には父母の憂ひを益さず。四には當に父母の恩を念ふべし。五には父母疾病せば、當に恐懼して醫師を求め、之を治せしむべし。父母の子を視ること亦た五事有り。一には當に惡を去り善に就かしめんことを念ふべし。二には當に計書疏を教ふべし。三には當に經戒を持たしむべし。四には當に早く與へて婦を娶るべし。五には家中有る所は、當に之を給與すべし。

南に向ひて拜するは、謂はく弟子の師に事ふるなり。當に五事有るべし。一には當に之を敬歎すべし。二には當に其の恩を念ふべし。三には教ふる所は之に隨ふ。四には思念して厭はず。五には當に從ひて後、之を稱譽すべし。師の弟子を教ふるに亦た五事有り。一には當に疾く知らしむべし。二には當に他人の弟子に勝らしむべし。三には知りて忘れざらしめんと欲せよ。四には諸の疑難は悉く爲に之を解説せよ。五には弟子の智慧をして師に勝らしめんと欲せよ。

西に向ひて拜するは、謂はく婦の夫に事ふるなり。五事有り。一には夫、外從り來れば。當に起ちて之を迎ふべし。二には夫出でて在らざれば、當に炊蒸掃除して之を待つべし。三には外に於て婬心有ること得ざれ。夫罵言すとも還りて罵り色を作すことを得ざれ。四には當に夫の教誡を用ひ、所有の什物を藏匿すること得ざれ。五には夫休息すれば盖藏して乃ち臥するを得せしめよ。夫の婦を視るに亦た五事有り。一には出入當に婦を敬すべし。二には之に飯食せしめ、時節を以て衣被を與ふ。三には當に金銀珠璣を給與すべし。四には家中有る所の多少、悉く用て之に付せよ。五には外に於て邪に傅御を畜ふことを得ず。

北に向ひて拜するは、謂はく人の親屬朋友を視るなり。當に五事有るべし。一には之が罪惡を作すを見れば、私に屏處に往て。之を諫曉呵止す。二には小く急有れば、當に奔趣して之を救護す。三には私語有れば、他人の爲に説くことを得ず。四には當に相ひ敬歎すべし。五には所有の好物は、當に多少之を分與す。

地に向ひて拜するは、謂はく大夫の奴客婢使を視るなり。亦た五事有り。一には當に時を以て飯食せしめ衣被を與ふべし。二には病痩あれば當に爲に醫を呼んで之を治せしむべし。三には妄に之を撾捶することを得ず。四には私の財物有れば、之を奪ふことを得ず。五には分付の物は當に平等ならしむ。奴客婢使の大夫に事ふるに、亦た五事有り。一には當に早く起ちて大夫をして呼ばしむること勿れ。二には當に作すべき所は自ら用心して之を爲せ。三には當に大夫の物を愛惜して、乞匃人に棄捐することを得ず。四には大夫の出入には當に之を送迎すべし。五には當に大夫の善を稱譽して、其の惡を説くことを得ざるべし。

天に向ひて拜するは、謂はく人の沙門道士に事ふるなり。當に五事を用ふべし。一には善心を以て之を向へ。二には好言を擇んで與に語れ。三には身を以て之を敬せよ。四には當に之を戀慕すべし。五には沙門道士は人中の雄なり。當に恭敬承事して度世の事を問ふべし。沙門道士は當に六意を以て凡民を視るべし。一には之を教へて布施さしめ、自ら慳貪なることを得ず。二には之を教へて戒を持たしめ、自ら犯すことを得ず。三には之を教へて忍辱さしめ、自ら恚怒することを得ず。四には之を教へて精進せしめ、自ら懈慢なることを得ず。五には人を教へて一心ならしめ、自ら放意なることを得ず。六には人を教へて黠慧ならしめ、自ら愚癡なることを得ず。沙門道士は人に教へて惡を去り善を爲さしめ、正道を開示す。恩、父母より大なり。是の如く之を行はば、汝の父、在りし時の六向拜の教へを知ると爲す。何ぞ富まざるを憂へんや。

尸迦羅越、即ち五戒を受け、禮を作して去る。

現代語訳

「東に向かって礼拝するのは、子が父母によく仕えることを示す。これに五事ある。一には生計を立てることを思うこと。二には朝早くに起きて奴婢〈使用人〉に指示し、適切な時間に食事を作らせること。三には父母の心労を増さないこと。四には父母への恩を忘れないこと。五には父母が病に罹ったならば、恐れかしこまって医師を呼び、これを治療させること。父母が子を視ることについても五事がある。一には悪から離れさせ、善に就かせようと図ること。二には算術・学問・芸術を教えること。三には経〈人としての理想を伝える古典〉と戒〈道徳〉を護持させること。四には早めに嫁を娶らせること。五には家の財産を子に与えて引き継がせることである」

「南に向かって礼拝するのは、弟子が師によく仕えることを示す。これに五事ある。一には師を敬って讃歎すること。二にはその恩を忘れないこと。三には師から教えられたことに従うこと。四には(師の教えを)よく思い起こして考え、大事にすること。五には(師に)従って学び終わった後、師を称誉することである.。師が弟子に教授することにもまた五事ある。一には(教える内容を弟子が)速く理解出来るよう努めること。二には他人の弟子よりも(我が弟子を)勝るようにすること。三には教えたことを(弟子が)忘れぬように努めること。四には(弟子が)疑問とする諸々のことを全て、彼の為に解説すること。五には弟子の智慧が師たる自分に勝るよう願うことである」

「西に向かって礼拝するのは、妻が夫に仕えることを示す。五事がある。一には夫が外から帰れば、立ち上がって出迎えること。二には夫が外出して不在の時、炊事・掃除してこれを待つこと。三には夫以外の男性と関係を持とうとしないこと。夫と口論となり罵られても、罵り返して怒り散らさないこと。四には夫の言いつけを守り、家族の財産を隠匿しないこと。五には夫が休息する時はこれを外から隠し、ゆっくり臥して休めるようにすること。夫が妻を視ることについてもまた五事ある。一には外出時も帰宅時にも妻を敬うこと。二には妻に食事を充分にさせ、季節に応じた衣服を与えること。三には金銭・宝物を与えること。四には家の財産の多少にかかわらず、すべて妻に任せること。五には家庭外に邪にを囲わないことである」

「北に向かって礼拝するのは、親族・朋友を大切にすることを示す。これに五事ある。一には彼が罪悪を行っているのを知れば、他人に知られないところで密かに彼を諌め諭すこと。二には多少のことでも彼に危急の事態があれば、ただちに奔走して助けること。三には私的な会話は、その内容を他者に決して漏らさないこと。四には互いに尊敬・讃歎し合うこと。五にはなんであれ好ましい物を得た時には、その多少にかかわらず分かち合うことである」

「大地に向かって礼拝するのは、大夫〈貴族・富豪〉が奴客婢使〈使用人・部下〉を視ることを示す。これにまた五事ある。一には適切な時に食事をさせ、衣服を与えること。二には病があれば、医師を呼んでそれを治療させること。三には理不尽に彼らを叱責・殴打しないこと。四には彼らの私有財産を奪わないこと。五には彼らに対する褒美・賞与などの物品は平等に与えること。奴客婢使が大夫に仕えることについてもまた五事ある。一には朝早く起床し、むしろ大夫から呼び起こされないこと。二には自ら為すべき仕事を自ら注意深く為すこと。三には大夫の所有物を大切に扱い、乞食にみだりに与えないこと。四には大夫の外出・帰宅時にはこれを送迎すること。五には大夫の長所を称賛し、その短所を触れ回らないこと」

「天に向って礼拝するのは、沙門・道士〈仏教の出家修行者〉に仕えることを示す。これに五事を以てせよ。一には善心を以て彼らに応対すること。二には好ましい言葉を択んで会話すること。三には身をもって尊敬すること。四には慕うこと。五には沙門・道士とは人の中に雄たるものである。まさに恭敬して仕え、出離・解脱の道を問うこと。沙門・道士は六意を以て人々を視なければならない。一には人々に布施を勧めても、しかし自らが慳貪であってはならないこと。二には人々に戒を持つことを勧め、自らも戒を犯さないこと。三には人々に忍辱の徳を教え、自らも瞋恚しないこと。四には人々に精進の徳を教え、自らも懈怠しないこと。五には人々に禅定の徳を教えて修めさせ、自ら散漫でないこと。六には人々に智慧の徳を教えて備えさせ、自ら愚痴愚昧でないことである。沙門・道士は人々に悪を離れて善を為すことを教え、正道を開示するものである。その恩たるや、父母よりも大なるものだ。以上のことを行ったならば、そなたの父親が在りし時に教えた、六方を拝する意味を知ったこととなるであろう。どうして裕福になれないことを憂える必要などあるだろうか」

これを聴いたシンガーラカは、そこでただちに五戒を受け、仏陀を礼拝して去っていった。