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Dharmacakra
智慧之大海 ―去聖の為に絶学を継ぐ

空海 『梵字悉曇字母并釈義』

訓読

siしっddhāṃだんraあらstu窣覩そと 二合

右の四字は題目だいもくなり。ぼんにはしっだんあら窣覩そとと云ふ。とうには成就吉祥章じょうじゅきっしょうしょうと云ふ。

a おん上聲呼くんなり、なり、なり。阿字あじといふは是れ一切法教のもとなり。およそ最初に口を開く音に皆な阿のこえ有り。若しは阿の聲を離ては則ち一切の言説ごんぜつ无し。故に衆聲しゅしょうの母とす。又、衆字しゅじの根本とす。又、一切諸法は本不生ほんぷしょうの義なり。内外ないげの諸教、皆な此の字りして出生しゅっしょうす。

ā 音はあヽ去聲長引呼 一切諸法寂靜じゃくじょう不可得ふかとく

i 音上聲 一切諸法こん不可得義

ī いヽ去聲引呼 一切諸法災禍さいか不可得義

u  一切諸法譬喩ひゆ不可得義

ū うヽ長聲 一切諸法損減そんげん不可得義

 彈舌呼 一切諸法神通じんつう不可得義

 彈舌去聲引呼 一切諸法類例るいれい不可得義

 𠴊りょ彈舌上聲 一切諸法ぜん不可得義

 りょ彈舌長聲 一切諸法沈沒ちんもつ不可得義

e えヽ 一切諸法不可得義

ai あい 一切諸法自相じそう不可得義

o 長聲 一切諸法執瀑流しうぼる不可得義

au おう去聲引 一切諸法化生けしょう不可得義

aṃ あん 一切諸法邊際へんざい不可得義

aḥ あく 一切諸法遠離おんり不可得義

ka 上聲引 一切諸法離作業りさごう不可得義

kha きゃ上呼 一切諸法等虚空とうこくう不可得義

ga 去引 一切諸法ぎょう不可得義

gha ぎゃ 一切諸法一合いちごう不可得義

ṅa ぎゃう鼻聲呼 一切諸法支分しぶん不可得義

ca ぎゃ しゃ上聲 一切諸法離一切遷變りいっさいせんぺん不可得義

cha しゃ上聲 一切諸法影像ようぞう不可得義

ja じゃ 一切諸法しょう不可得義

jha じゃ上聲 一切諸法戰敵せんてき不可得義

ña にょう上聲 一切諸法不可得義

ṭa 上聲 一切諸法まん不可得義

ṭha  一切諸法長養じょうよう不可得義

ḍa  一切諸法怨對おんたい不可得義

ḍha  一切諸法執持しうじ不可得義

ṇa だう陀爽反仍鼻聲呼 一切諸法諍論じょうろん不可得義

ta  一切諸法如如にょにょ不可得義

tha  一切諸法住處じうしょ不可得義

da  一切諸法不可得義

dha  一切諸法法界ほっかい不可得義

na なう 一切諸法みょう不可得義

pa  一切諸法第一義諦だいいちぎたい不可得義

pha  一切諸法不堅如ふけんにょ聚沫じゅまつ

ba  一切諸法ばく不可得義

bha 重上呼 一切諸法不可得義

ma まう 一切諸法吾我ごが不可得義

ya  一切諸法じゃう不可得義

ra あら 一切諸法諸塵染しょじんぜん

la  一切諸法そう不可得義

va  一切諸法語言道斷ごごんどうだん

śa しゃ 一切諸法本性寂ほんしょうじゃく

ṣa しゃ 一切諸法性鈍しょうどん

sa しゃ 一切諸法たい不可得義

ha  一切諸法いん不可得義

kṣa 乞灑こしゃ 一切諸法じん不可得義

ka ki ku ke kai ko kau kaṃ kaḥ

かあ きい くう けい かい こう こう かん

右の十二字は一箇の字の一轉いってんなり。此の一つの字母門り、十二字を出生しゅっしょうす。かくの如き一一の字母じも各各おのおの十二字を出生す。一轉に四百八字有り。是の如く二合にごう三合さんごう四合しごうもと有り。之をたずね知るべし。てんべて一万三千八百七十二字有り。此の悉曇章しったんしょう本有ほんぬ自然じねん真實しんじつ不變ふへん常住じょうじゅうの字なり。三世の諸佛は皆な此の字をもって法を説きたまふ。是を聖語しょうごと名く。自餘の聲字しょうじは是れ則ちぼんの語なり。法然ほうねんの道理に非ず。皆な随類ずいるいの字語ならくのみ。若し彼の言語ごんごに随順するは、是を妄語もうごと名く。无義語むぎごと名く。若しく聖語に随順するいは、即ち无量むりょうの功徳を得。

故に大般若経だいはんにゃきょうの五十三に云く、佛、善現ぜんげんに告て言く、善現、たとへば虚空の是れ一切の物の歸趣きしゅする所の處たるが如く、此の諸の字門も亦復た是の如し。諸法の空の義、皆な此の門に入るときは、まさ顯了けんりょうすることを得つ。善現、此の阿字等に入るをば、諸字門に入ると名く。善現、若し菩薩ぼさつ摩訶薩まかさつ、是の如く諸字門に入るに於て、善巧智ぜんぎょうちを得。諸の言音ごんおん所詮しょせん所表しょひょうに於て皆な罣礙けいげ无し。一切法いっさいほう平等空びょうどうくうしょうに於て、ことごとく能く證持しょうじす。衆の言音に於て善巧智を咸得す。善現、若し菩薩摩訶薩、能く是の如く入諸字門印相印句をく。聞きおわ受持じゅじ讀誦どくじゅ通利つうりして、他の為に解説げせつ名利みょうりを貪らざれば、此の因縁に由て二十種の殊勝の功徳を何等なんらをか二十とする。謂く一には強憶念ごうおくねんを得。二は勝慚愧しょうざんきを得る。三は堅固力けんごりきを得る。四は法の旨趣ししゅを得る。五は増上覺ぞうじょうかくを得る。六は殊勝恵しゅしょうえを得る。七は无礙むげべんを得る。八は総持門そうじもんを得る。九は疑惑ぎわく无きことを得る。十は違順語いじゅんご恚愛いあいを生さざることを得る。十一は无高下平等むこうげびょうどうにして住することを得る。十二には有情うじょうの言音に於て善巧ぜんぎょうを得る。十三はうん善巧・しょ善巧・かい善巧を得る。十四は縁起えんぎ善巧・いん善巧・えん善巧・ほう善巧を得る。十五は根勝劣智こんしょうれつち善巧・他心智たしんち善巧を得る。十六は觀星暦かんせいりゃく善巧を得る。十七は天耳智てんにち善巧・宿住随念智しゅくじゅうずいねんち善巧・神境智じんきょうち善巧・死生智ししょうち善巧を得る。十八は漏盡智ろじんち善巧を得る。十九は説處非處智せつしょひしょち善巧を得る。二十は往来等威儀路おうらいとういぎろ善巧を得る。善現、是を二十種の殊勝の功徳を得とす。善現、若し菩薩摩訶薩、般若はんにゃ波羅蜜多はらみたを修行する時には、无所得むしょとくを以て方便ほうべんとすと。

所得の文字もんじ陀羅尼門だらにもんは當に知るべし、是を菩薩摩訶薩の大乗の相とす。若し人有て、妄語もうごせずして常に實語じつごしゅし、如来の眞實の語を學して、すみやか大覺だいかくの常住の身をしょうすることを得るとおもはば、まさに此の實語の字門をさとるべし。如来、慇懃いんぎんに説て此の字門を歎じたまふ。是の故にいささ童蒙どうもうの為にの記を鈔録しょうろくす。好學の同志よ、口實くじつかへよ。

梵字悉曇字母幷釋義

現代語訳

siしっddhāṃだんraあらstu窣覩そと 二合

右の四字は題目だいもくである。ぼんでは『しっだんあら窣覩そと』と云ふ。とうでは『成就吉祥章じょうじゅきっしょうしょう』と云う。

摩多また〈mātṛ. 母音〉已下いげ十六字〈本来的には十字、あるいは別摩多を含めて十四字〉

a おん上声で発音。そのくんであり、であり、である。阿字あじというのは一切法教のもとである。およそ最初に口を開く音には、すべて阿のこえがある。もし阿の声を離れたならば、すなわちあらゆる言説ごんぜつは無い。故に衆声しゅしょうの母とする。また、衆字しゅじの根本とする。また、一切諸法は本不生ほんぷしょうの義である。内外ないげの諸教は、すべてこの字より出生しゅっしょうする。

ā 音はあヽ去声で長く引いて発音 一切諸法寂静じゃくじょう不可得ふかとく

i 音上声 一切諸法こん不可得義

ī いヽ去声で引いて発音 一切諸法災禍さいか不可得義

u  一切諸法譬喩ひゆ不可得義

ū うヽ長声 一切諸法損減そんげん不可得義

 舌を弾いて発音 一切諸法神通じんつう不可得義

 舌を弾き、去声で引いて発音 一切諸法類例るいれい不可得義

 𠴊りょ舌を弾き上声 一切諸法ぜん不可得義

 りょ舌を弾き長声 一切諸法沈沒ちんもつ不可得義

e えヽ 一切諸法不可得義

ai あい 一切諸法自相じそう不可得義

o 長声 一切諸法執瀑流しうぼる不可得義

au おう去声で引く 一切諸法化生けしょう不可得義

aṃ あん 一切諸法邊際へんざい不可得義

aḥ あく 一切諸法遠離おんり不可得義

体文たいもん〈vyañjana. 字母、子音〉、已下三十三字

已下五字、牙声げしょう〈kaṇṭhya. 軟口蓋音/guttural/velar〉

ka 上声で引く 一切諸法離作業りさごう不可得義

kha きゃ上(声)で発音 一切諸法等虚空とうこくう不可得義

ga 去(声)で引く 一切諸法ぎょう不可得義

gha ぎゃ 一切諸法一合いちごう不可得義

ṅa ぎゃう鼻声で発音 一切諸法支分しぶん不可得義

已下五字、歯声ししょう〈tālavya. 口蓋音/palatal〉

ca しゃ上声 一切諸法離一切遷變りいっさいせんぺん不可得義

cha しゃ上声 一切諸法影像ようぞう不可得義

ja じゃ 一切諸法しょう不可得義

jha じゃ上声 一切諸法戰敵せんてき不可得義

ña にょう上声 一切諸法不可得義

已下五字、舌声ぜっしょう〈mūrdhanya. 反舌音/retroflex〉

ṭa 上声 一切諸法まん不可得義

ṭha 上(声) 一切諸法長養じょうよう不可得義

ḍa 上(声) 一切諸法怨對おんたい不可得義

ḍha 去(声) 一切諸法執持しうじ不可得義

ṇa だう陀と爽の反切。仍鼻声で発音 一切諸法諍論じょうろん不可得義

已下五字、喉声こうしょう〈dantya. 歯音/dental〉

ta 上(声) 一切諸法如如にょにょ不可得義

tha 上(声) 一切諸法住處じうしょ不可得義

da  一切諸法不可得義

dha  一切諸法法界ほっかい不可得義

na なう 一切諸法みょう不可得義

已下五字、脣声しんしょう〈oṣṭhya. 唇音/labial〉

pa  一切諸法第一義諦だいいちぎたい不可得義

pha  一切諸法不堅如ふけんきょ聚沫じゅまつ

ba  一切諸法ばく不可得義

bha 重く上(声)で発音 一切諸法不可得義

ma まう 一切諸法吾我ごが不可得義

已下九字、遍口声へんくしょう

ya  一切諸法じゃう不可得義

ra あら 一切諸法諸塵染しょじんぜん

la 上(声) 一切諸法そう不可得義

va  一切諸法語言道斷ごごんどうだん

śa しゃ 一切諸法本性寂ほんしょうじゃく

ṣa しゃ 一切諸法性鈍しょうどん

sa しゃ上(声) 一切諸法たい不可得義

ha  一切諸法いん不可得義

重字じゅうじ〈切継.二合〉、已下一字

kṣa 乞灑こしゃ 一切諸法じん不可得義

一転いってん

ka ki ku ke kai ko kau kaṃ kaḥ

かあ きい くう けい かい こう こう かん 入(声)

右の十二字は、(字母のうち)一つの(例として)字の一転いってんである。この一つの字母門より、(今示したように)十二字を出生しゅっしょうする。そのように一一の字母じもが、各各おのおの十二字を出生する。一転に四百八字がある。(また)そのように二合にごう三合さんごう四合しごうもとがある。これをたずねて知れ。てんに合計一万三千八百七十二字ある。この『悉曇章しったんしょう』は本有ほんぬ自然じねん真実しんじつ不変ふへん常住じょうじゅうの字である。三世の諸仏はすべてこの字をもって法を説かれる。これを聖語しょうごという。その他の声字しょうじは、すなわちぼんの語である。法然ほうねんの道理ではない。すべて随類ずいるいの字語に過ぎない。もしそれら言語ごんごに随順するものは、それを妄語もうごという。また無義語むぎごという。もしよく聖語に随順したならば、すなわち無量むりょうの功徳を得る。

故に『大般若経だいはんにゃきょう』の巻五十三に、「仏が善現ぜんげんに告げられた、善現よ、たとえば虚空が一切の物の帰趣きしゅせられる処であるように、この諸々の字門もまた同様である。諸法の空の義がすべてこの門に入るときは、まさに顕了けんりょうすることを得る。善現よ、この阿字等に入ることこそ諸字門に入るという。善現よ、もし菩薩ぼさつ摩訶薩まかさつが、そのように諸字門に入ったならば、善巧智ぜんぎょうちを得る。諸々の言音ごんおん所詮しょせん所表しょひょうに於いて、いかなる罣碍けいげも無い。一切法いっさいほう平等空びょうどうくうしょうに於いて、ことごとくよく証持しょうじする。もろもろの言音に於いて善巧智を咸得するのだ。善現よ、もし菩薩摩訶薩が、よくそのように入諸字門印相印句をき、聞きおわって受持じゅじし、読誦どくじゅして通利つうりし、他の為に解説げせつして名利みょうりを貪らなければ、その因縁によって二十種の殊勝の功徳を得る。二十とはいかなるものであろうか。謂く、一つには強憶念ごうおくねんを得る。二つには勝慚愧しょうざんきを得る。三つには堅固力けんごりきを得る。四つには法の旨趣ししゅを得る。五には増上覚ぞうじょうかくを得る。六つには殊勝恵しゅしょうえを得る。七つには無礙むげ弁舌べんぜつを得る。八つには総持門そうじもんを得る。九つには疑惑ぎわくの無いことを得る。十には違順語いじゅんご恚愛いあいを生じさせないことを得る。十一には無高下平等むこうげびょうどうにして住することを得る。十二には有情うじょうの言音に於いて善巧ぜんぎょうを得る。十三にはうん善巧・しょ善巧・かい善巧を得る。十四には縁起えんぎ善巧・いん善巧・えん善巧・ほう善巧を得る。十五には根勝劣智こんしょうれつち善巧・他心智たしんち善巧を得る。十六には観星暦かんせいりゃく善巧を得る。十七は天耳智てんにち善巧・宿住随念智しゅくじゅうずいねんち善巧・神境智じんきょうち善巧・死生智ししょうち善巧を得る。十八は漏盡智ろじんち善巧を得る。十九は説処非処智せつしょひしょち善巧を得る。二十は往来等威儀路おうらいとういぎろ善巧を得る。善現よ、これを二十種の殊勝の功徳を得るという。善現よ、もし菩薩摩訶薩が般若はんにゃ波羅蜜多はらみたを修行する時には、無所得むしょとく方便ほうべんとする」と説かれている。

所得の文字もんじ陀羅尼門だらにもんは、まさに知るがよい、これを菩薩摩訶薩の大乗の相という。もし人あって、(日々に)妄語もうごせず、常に実語じつごしゅして、如来の真実の語を学び、すみやかに大覚だいかくの常住の身をしょうしたいとおもうならば、まさにこの実語の字門をさとれ。如来は慇懃いんぎんに説いて、この字門を歎じられている。その故に、いささかながら童蒙どうもうの為にこの記を鈔録しょうろくした。好学の同志よ、口実くじつえよ。

梵字悉曇字母并釈義