悉曇囉窣覩 二合
右四字題目。梵云悉曇囉窣覩。唐云成就吉祥章。
音阿上聲呼 訓无也。不也。非也。阿字者是一切法教之本。凡最初開口之音皆有阿聲。若離阿聲則无一切言説。故為衆聲之母。又為衆字之根本。又一切諸法本不生義。内外諸教皆従此字而出生也。
音阿去聲長引呼 一切諸法寂靜不可得義
音伊上聲 一切諸法根不可得義
伊去聲引呼 一切諸法災禍不可得義
塢 一切諸法譬喩不可得義
汚長聲 一切諸法損減不可得義
哩彈舌呼 一切諸法神通不可得義
哩彈舌去聲引呼 一切諸法類例不可得義
𠴊彈舌上聲 一切諸法染不可得義
嚧彈舌長聲 一切諸法沈沒不可得義
噎 一切諸法求不可得義
愛 一切諸法自相不可得義
汚長聲 一切諸法執瀑流不可得義
奧去聲引 一切諸法化生不可得義
闇 一切諸法邊際不可得義
惡 一切諸法遠離不可得義
迦上聲引 一切諸法離作業不可得義
佉上呼 一切諸法等虚空不可得義
誐去引 一切諸法行不可得義
伽 一切諸法一合不可得義
仰鼻聲呼 一切諸法支分不可得義
遮上聲 一切諸法離一切遷變不可得義
磋上聲 一切諸法影像不可得義
惹 一切諸法生不可得義
鄼上聲 一切諸法戰敵不可得義
孃上聲 一切諸法智不可得義
吒上聲 一切諸法慢不可得義
咤上 一切諸法長養不可得義
拏上 一切諸法怨對不可得義
荼去 一切諸法執持不可得義
拏陀爽反仍鼻聲呼 一切諸法諍論不可得義
多上 一切諸法如如不可得義
他上 一切諸法住處不可得義
娜 一切諸法施不可得義
馱 一切諸法法界不可得義
曩 一切諸法名不可得義
跛 一切諸法第一義諦不可得義
頗 一切諸法不堅如聚沫義
麼 一切諸法縛不可得義
婆重上呼 一切諸法有不可得義
莽 一切諸法吾我不可得義
野 一切諸法乘不可得義
囉 一切諸法離諸塵染義
邏上 一切諸法相不可得義
嚩 一切諸法語言道斷義
捨 一切諸法本性寂義
灑 一切諸法性鈍義
沙上 一切諸法諦不可得義
賀 一切諸法因不可得義
乞灑 一切諸法盡不可得義
迦 迦 祈 鷄 句 句 計 蓋 句 哠 欠 迦入
右十二字者一箇迦字之一轉也。従此一迦字母門出生十二字。如是一一字母各各出生十二字。一轉有四百八字。如是有二合三合四合本。可知尋之。轉都有一万三千八百七十二字。此悉曇章本有自然真實不變常住之字也。三世諸佛皆用此字説法。是名聖語。自餘聲字者是則凡語也。非法然之道理。皆随類之字語耳。若随順彼言語。是名妄語。亦名无義語。若能随順聖語即得无量功徳。故大般若経五十三云。佛告善現言。善現譬如虚空是一切物所歸趣處此諸字門亦復如是。諸法空義皆入此門方得顯了。善現入此阿字等名入諸字門。善現若菩薩摩訶薩於如是入諸字門得善巧智。於諸言音所詮所表皆无罣礙。於一切法平等空性盡能證持。於衆言音咸得善巧智。善現若菩薩摩訶薩能聴如是入諸字門印相印句。聞已受持讀誦通利為他解説不貪名利由此因縁得二十種殊勝功徳。何等二十。謂一得強憶念。二得勝慚愧。三得堅固力。四得法旨趣。五得増上覺。六得殊勝恵。七得无礙辨。八得総持門。九得无疑惑。十得違順語不生恚愛。十一得无高下平等而住。十二得於有情言音善巧。十三得蘊善巧處善巧界善巧。十四得縁起善巧因善巧縁善巧法善巧。十五得根勝劣智善巧他心智善巧。十六得觀星暦善巧。十七得天耳智善巧宿住随念智善巧神境智善巧死生智善巧。十八得漏盡智善巧。十九得説處非處智善巧。二十得往来等威儀路善巧。善現是為得二十種殊勝功徳。善現若菩薩摩訶薩修行般若波羅蜜多時。以无所得而為方便。所得文字陀羅尼門當知是為菩薩摩訶薩大乗相。
若有人欲得不妄語常修實語學如来真實之語速證大覺常住之身應當覺此實語字門。如来慇懃説歎此字門。是故聊為童蒙鈔録斯記。好學同志代彼口實。
梵字悉曇字母幷釋義
悉曇囉窣覩 二合
音は阿上聲呼。訓は无なり、不なり、非なり。阿字といふは是れ一切法教の本なり。凡そ最初に口を開く音に皆な阿の聲有り。若しは阿の聲を離ては則ち一切の言説无し。故に衆聲の母とす。又、衆字の根本とす。又、一切諸法は本不生の義なり。内外の諸教、皆な此の字従りして出生す。
音伊上聲 一切諸法根不可得義
伊去聲引呼 一切諸法災禍不可得義
塢 一切諸法譬喩不可得義
汚長聲 一切諸法損減不可得義
哩彈舌呼 一切諸法神通不可得義
哩彈舌去聲引呼 一切諸法類例不可得義
𠴊彈舌上聲 一切諸法染不可得義
嚧彈舌長聲 一切諸法沈沒不可得義
噎 一切諸法求不可得義
愛 一切諸法自相不可得義
汚長聲 一切諸法執瀑流不可得義
奧去聲引 一切諸法化生不可得義
闇 一切諸法邊際不可得義
惡 一切諸法遠離不可得義
迦上聲引 一切諸法離作業不可得義
佉上呼 一切諸法等虚空不可得義
誐去引 一切諸法行不可得義
伽 一切諸法一合不可得義
仰鼻聲呼 一切諸法支分不可得義
遮上聲 一切諸法離一切遷變不可得義
磋上聲 一切諸法影像不可得義
惹 一切諸法生不可得義
鄼上聲 一切諸法戰敵不可得義
孃上聲 一切諸法智不可得義
吒上聲 一切諸法慢不可得義
咤上 一切諸法長養不可得義
拏上 一切諸法怨對不可得義
荼去 一切諸法執持不可得義
多上 一切諸法如如不可得義
他上 一切諸法住處不可得義
娜 一切諸法施不可得義
馱 一切諸法法界不可得義
曩 一切諸法名不可得義
跛 一切諸法第一義諦不可得義
頗 一切諸法不堅如聚沫義
麼 一切諸法縛不可得義
婆重上呼 一切諸法有不可得義
莽 一切諸法吾我不可得義
野 一切諸法乘不可得義
囉 一切諸法離諸塵染義
邏上 一切諸法相不可得義
嚩 一切諸法語言道斷義
捨 一切諸法本性寂義
灑 一切諸法性鈍義
沙上 一切諸法諦不可得義
賀 一切諸法因不可得義
乞灑 一切諸法盡不可得義
迦 迦 祈 鷄 句 句 計 蓋 句 哠 欠 迦入
右の十二字は一箇の迦字の一轉なり。此の一つの迦字母門従り、十二字を出生す。是の如き一一の字母、各各十二字を出生す。一轉に四百八字有り。是の如く二合・三合・四合の本有り。之を尋ね知るべし。轉に都べて一万三千八百七十二字有り。此の悉曇章は本有自然の真實不變常住の字なり。三世の諸佛は皆な此の字を用て法を説きたまふ。是を聖語と名く。自餘の聲字は是れ則ち凡の語なり。法然の道理に非ず。皆な随類の字語ならくのみ。若し彼の言語に随順するは、是を妄語と名く。亦た无義語と名く。若し能く聖語に随順するいは、即ち无量の功徳を得。
故に大般若経の五十三に云く、佛、善現に告て言く、善現、譬ば虚空の是れ一切の物の歸趣する所の處たるが如く、此の諸の字門も亦復た是の如し。諸法の空の義、皆な此の門に入るときは、方に顯了することを得つ。善現、此の阿字等に入るをば、諸字門に入ると名く。善現、若し菩薩摩訶薩、是の如く諸字門に入るに於て、善巧智を得。諸の言音の所詮・所表に於て皆な罣礙无し。一切法平等空の性に於て、盡く能く證持す。衆の言音に於て善巧智を咸得す。善現、若し菩薩摩訶薩、能く是の如く入諸字門印相印句を聴く。聞き已て受持し讀誦し通利して、他の為に解説し名利を貪らざれば、此の因縁に由て二十種の殊勝の功徳を得。何等をか二十とする。謂く一には強憶念を得。二は勝慚愧を得る。三は堅固力を得る。四は法の旨趣を得る。五は増上覺を得る。六は殊勝恵を得る。七は无礙の辨を得る。八は総持門を得る。九は疑惑无きことを得る。十は違順語に恚愛を生さざることを得る。十一は无高下平等にして住することを得る。十二には有情の言音に於て善巧を得る。十三は蘊善巧・處善巧・界善巧を得る。十四は縁起善巧・因善巧・縁善巧・法善巧を得る。十五は根勝劣智善巧・他心智善巧を得る。十六は觀星暦善巧を得る。十七は天耳智善巧・宿住随念智善巧・神境智善巧・死生智善巧を得る。十八は漏盡智善巧を得る。十九は説處非處智善巧を得る。二十は往来等威儀路善巧を得る。善現、是を二十種の殊勝の功徳を得とす。善現、若し菩薩摩訶薩、般若波羅蜜多を修行する時には、无所得を以て方便とす。所得の文字陀羅尼門は當に知るべし、是を菩薩摩訶薩の大乗の相とすと。
若し人有て、妄語せずして常に實語を修し、如来の眞實の語を學して、速に大覺の常住の身を證することを得ると欲はば、應に此の實語の字門を覺るべし。如来、慇懃に説て此の字門を歎じたまふ。是の故に聊か童蒙の為に斯の記を鈔録す。好學の同志よ、彼の口實に代よ。
梵字悉曇字母幷釋義
直前の音写(窣覩)の原字(梵字)が二つの字母の切り継ぎ(合成)、すなわち子音の連続であることを示す記号的表示。
ここでは(sa)と(ta)の切り継ぎ(sta)に、uを示すがあるためstu。極めて注意すべき点は、子音の連続になんであれ母音を介させないこと。すなわちsatu(サトゥ)では決してなく、stu(ストゥ)であること。これをもし誤ってsata(サタ)などと読むならば、そもそも切り継ぎの必要が無く、またの付された意味が無くなることを考えなければならない。したがって、また今一般にその音写である窣覩を「そと」と読む習いとなっているが、それも本来「ストゥ」あるいは「スト」と原音に近く読んでいたのが時を経て誤ったものであろう。
なお、子音が三つ連続する場合は三合、四つの場合は四合となる。▲
[S]siddhāṃ rastuの音写。しかし、これは梵語として誤った文で、正規の梵語としてありえない。義浄が『南海寄帰内法伝』(以下、『寄帰伝』)巻四にて「一則創學悉談章。亦名悉地羅窣覩。斯乃小學標章之稱。倶以成就吉祥爲目(一に則ち創學に悉談章、亦は名づけて悉地羅窣覩がある。斯れ乃ち小學の標章の稱なり。倶に成就吉祥を以て目と爲す)」(T54, p.228b)としているように「悉曇囉窣覩(siddhāṃ rastu)」ではなく「悉地羅窣覩(siddhirastu)」が正しい。すなわち、ではなく。空海が『寄帰伝』を読んでいのは確かであるのに、何故このような誤りを犯したのは不審。ただ空海の記憶違いでそうしたのか、あるいは唐にてそう伝承されていた説を採ったか。
解題②にて、本書には空海の悉曇自体への根本的誤認があることを指摘したが、ここでも梵語を習得してはいなかった為に犯した誤りが認められる。そこでまた、これを「伝統的には『悉曇囉窣覩』と伝えられてきた」と相承し教えることはそれで良しとしても、それを本来であって正しいとまで強弁することは、むしろ空海を恥かしめその徳を減じる行為に等しい。
なお、義浄の半世紀以上後に出た不空は、(ra)を音写するに際し、羅でなく囉という字を創作している。それは(la)と(ra)を混同するのを防ぐための工夫であり、極力その発音を正確に「漢字で表現する」ための工夫であった。そして日本では、これを古来「アラ」と訓じてきた。梵語本来からしてこれを「アラ」などと発音することはありえず、非常に滑稽なことである。なぜそのような滑稽をしたのかは、悉曇習学の根本典籍『悉曇字記』における記述に基づく。その詳細は『悉曇字記』を直接参照のこと。
しかし、それも「ra」という反舌音(巻き舌による音)をどうにか発音させるための工夫であったと理解すべきことである。それは例えば、現代日本にて英語の「R」の発音をなんとかさせるために「ゥラ」と言わせることがあるようなものである。そもそも「あら」などと読めば、子音であるはずが「あ+ら」、すなわち母音と子音の二字となるであろう。したがって、これが「あら」と訓じられているからといって、そのまま「あら」などと読んではならず、あくまで半舌音にて「ら」と発音しなければならない。それは例えば、伝統的仮名遣いにて今日が「けふ」と訓じられ、あるいは合一が「がふいつ」とされているのを、そのまま読んではならないようなものである。もっとも、このような錯誤が日本に根づいたのも、その根本典籍である『悉曇字記』にこれを正しいと誤認させる記述があることによる。▲
『寄帰伝』にてそう義浄が報じているように、印度では悉曇を習学する童子用の入門書を「siddhirastu(悉地羅窣覩)」と称していたといい、これを漢訳して義浄は「成就吉祥」としている。おそらく、当時の印度にて「siddhirastu」はそのような意味で用いられていたのであろう。siddhir(←siddhis←siddhi)は「成就」または「吉祥」の意、astuは「ある」を意味するastiの命令形で「あれ」。したがって、悉曇章を成就吉祥とすることは、支那あるいは日本に始まるものではない。
なお、悉曇など梵字は梵天から生じた、あるいは梵天が造ったとされる一方、「悉地羅窣覩(成就吉祥)」いわゆる『悉曇章』は、大自在天(Maheśvara / 摩醯首羅)によって説かれたものである、と印度にて相伝されていることを義浄は報告している。『寄帰伝』巻四「斯乃相傳。是大自在天之所説也」(P54, p.228b)▲
尻上がりに高く発音すべきことの指示。漢語にはその声調に平声・上声・去声・入声の四声(ししょう/しせい)があり、往古の支那僧らは悉曇の発音について、漢語における四声を用いていかに呼(発声)すべきかを表記した。
以下、そのいくつかの字に四声の指示に加え、長・引または弾舌、鼻声などで発すべきとする記述があることに注意。▲
異体
Devanāgarī : अ
『字母』:阿上
『釈義』:阿上聲呼
『字記』:短阿字上聲短呼音近惡引
《中天》:ア
《南天》:ア ▲
[S]ādianutpāda (ādi+autpāda). ādi(本初・根源)よりutpāda(生じること)の否定。梵語においても英語と同様、aの直後に母音がある場合nが付加されてanとなる(a+utpāda → an+utpāda ⇒ anutpāda)。特に中観において強調される、不生・不滅・不断・不常・不一・不異・不去・不来のいわゆる八不に同じ。この世に恒常不変に実在するものはなく、ただ原因と条件によって仮に現象するに過ぎず、空であること。あるいは、ādi(本)とはこの世の始原あるいは創造主たる神などを意味するが、しかしこの世に絶対的恒常的不変の存在など無く、そもそも始原や根源なども無い。あらゆるものはそのような始原から生じたものでない、ただ縁起してあって無自性空であること。
anutpādaであればただ「不生」とのみするのが本来は正しいが、この場合のはādianutpādaの頭文字āを採ったものでなく、その中間のaを採って阿の字義、本不生とされている。
この阿字より以下、空海がその字義として示すものは、自身が請来した不空訳『瑜伽金剛頂経釈字母品』一巻に基づいている。ただし、空海は「釈字母品」の発音表記をすべてそのまま写してはおらず、おそらくは『悉曇字記』の表記も参照し、時に独自に記述している。▲
内は仏教、外は仏教以外の思想・宗教。▲
異体
Devanāgarī : आ
『字母』:阿引去
『釈義』:阿去聲長引呼
『字記』:長阿字依聲長呼
《中天》:アヽ
《南天》:アヽ ▲
今のところを頭文字あるいはその中に含むものとして「寂静」を意味する語彙として適切なのを見出し得ない。形容詞ではあるが、静寂を意味するārataが一応考えられる。▲
あらゆる事物は空であって実体が無いことから、なんであっても求めて「得られる(実在する)もの」など無いこと。以下、すべての字義が示された末尾に「不可得」が付されるのは「中道の義」を明かすためとされる。ここで中道とは、中観で説かれる「空・仮・中」の中道であり、それがとりも直さず「縁起」であるとされるもの(龍樹『中論』)。
『大日経疏』巻七「一一字門皆言不可得者。爲明中道義故。今且寄車字門説之。如觀鏡中面像。以本質爲因淨鏡爲縁。有影像現見。爲是所生之法。妍蚩之相現前不謬。故名爲有。以種種方便推求都不可得。是名爲空。此有此空皆不出鏡體。體即一名中。三相不同而同不異而異。是故世間論者不能思議」(T39, p.656c)。▲
異体
Devanāgarī : इ
『字母』:伊上
『釈義』:伊上聲
『字記』:短伊字上聲聲近於翼反
《中天》:イ
《南天》:イ
ここで注意すべき点として、本稿において示したのは本書の写本にある字体であるが、しかし安然が『悉曇蔵』にて本書を引用して示した字体はとなっている。これを一概に安然の誤写と見なすことは出来ず、あるいは空海は本書の原本にをして短伊字であると記していた可能性がある。▲
[S]indriya. 感覚器官、あるいは能力の意。▲
異体
Devanāgarī : ई
『字母』:伊引去
『釈義』:伊去聲引呼
『字記』:長伊字依字長呼
《中天》:イヽ
《南天》:イヽ
安然『悉曇蔵』にて引用された本書の字体はとなっている。▲
[S]īti. 疫病、災害の意。▲
異体
Devanāgarī : उ
『字母』:塢
『釈義』:塢
『字記』:短甌字上聲聲近屋
《中天》:ウ
《南天》:ウ ▲
[S]upamā. 譬喩・比較の意。▲
異体
Devanāgarī : ऊ
『字母』:汚引
『釈義』:汚長聲
『字記』:長甌字長呼
《中天》:ウヽ
《南天》:ウヽ ▲
[S]ūna. 不足・欠損・不十分の意。▲
異体
Devanāgarī : ऋ
『字母』:哩
『釈義』:哩彈舌呼
『字記』:紇里
《中天》:キリ
《南天》:キリ ▲
[S]ṛddhi. 超常的力、あるいは完全・完遂の意。▲
異体
Devanāgarī : ॠ
『字母』:哩引
『釈義』:哩彈舌去聲引呼
『字記』:紇梨
《中天》:キリ
《南天》:キリ ▲
未詳。▲
異体
Devanāgarī : ऌ
『字母』:𠴊
『釈義』:𠴊彈舌上聲
『字記』:里
《中天》:リ
《南天》:リ ▲
未詳。▲
異体
Devanāgarī : ॡ
『字母』:𡃖
『釈義』:嚧彈舌長聲
『字記』:梨
《中天》:リ
《南天》:リ ▲
未詳。▲
異体
Devanāgarī : ए
『字母』:曀
『釈義』:噎
『字記』:短藹字去聲聲近櫻係反
《中天》:エイ
《南天》:エ ▲
[S]eṣaṇa / eṣin. 衝動、欲求の意。▲
異体
Devanāgarī : ऐ
『字母』:愛
『釈義』:愛
『字記』:長藹字近於界反
《中天》:アイ
《南天》:エ ▲
未詳。▲
異体
Devanāgarī : ओ
『字母』:汚
『釈義』:汚長聲
『字記』:短奧字去聲近汚
《中天》:ヲヽ
《南天》:ヲヽ ▲
[S]ogha. 急流、洪水の意。▲
異体
Devanāgarī : औ
『字母』:奧
『釈義』:奧去聲引
『字記』:長奧字依字長呼
《中天》:ヲヽ
《南天》:ヲヽ ▲
[S]aupapāduka / aupapādika. 自ら変化して生じた者、神などの変化身の意。▲
異体
Devanāgarī : अं
『字母』:暗
『釈義』:闇
『字記』:短暗字去聲聲近於鑒反
《中天》:アン
《南天》:アン
本字はにただ(空点)を加えたものであって、本来的には摩多に入らない。ここではただ空点を付す場合の例示としてあり、したがって根本の四十七字の中には加えられない。▲
[S]aṃta (anta). 堺、際、死、結論の意。▲
異体
Devanāgarī : अः
『字母』:惡
『釈義』:惡
『字記』:長痾字去聲近惡
《中天》:アク
《南天》:アク
本字はに(涅槃点)を加えたもの、後述の一転の中の一字であって、本来的には摩多に入らない。ここではただ涅槃点を付す場合の例示としてあり、したがって根本の四十七字の中には数えられない。
以上、との二字は、摩多と体文の間に置かれることから「界畔字」と称される。▲
[S]astaṃgama. 失踪、消滅の意。▲
Devanāgarī : क
『字母』:迦上
『釈義』:迦上聲引
『字記』:迦字居下反音近姜可反
《中天》:キャ
《南天》:カ ▲
[S]karma / kārya. 行為、作業の意。▲
Devanāgarī : ख
『字母』:佉上
『釈義』:佉上呼
『字記』:佉字去下反音近去可反
《中天》:キャ
《南天》:カ ▲
[S]kha. 空洞、中空の意。▲
Devanāgarī : ग
『字母』:誐上
『釈義』:誐去引
『字記』:迦字渠下反輕音音近其下反。餘國有音疑可反
《中天》:ギャ
《南天》:ガ ▲
[S]gati. 動き、行くこと、出発の意。▲
Devanāgarī : घ
『字母』:伽去引
『釈義』:伽
『字記』:伽字重音渠我反
《中天》:ギャ
《南天》:ガ ▲
[S]ghana. 集まり、集合、量の意。▲
異体
Devanāgarī : ङ
『字母』:仰鼻呼
『釈義』:仰鼻聲呼
『字記』:哦字魚下反音近魚可反。餘國有音魚講反
《中天》:ギャウ
《南天》:ガ ▲
[S]ȧṅga. 部分、成分の意。▲
Devanāgarī : च
『字母』:左
『釈義』:遮上聲
『字記』:者字止下反音近作可反
《中天》:シャ
《南天》:サ ▲
[S]cyuti. 変性、衰亡、逸失の意。▲
異体
Devanāgarī : छ
『字母』:磋上
『釈義』:磋上聲
『字記』:車字昌下反音近倉可反
《中天》:シャ
《南天》:サ
異体とされるは、(ca)と(cha)の切継(ccha)となっている。そして安然『悉曇蔵』にて引用された本字はとなっている。したがって、おそらく本書の原本にはをもってcha字として書かれていたと考えられ、それがいつからか写本される過程でに修正されたのであろう。▲
[S]chāya / chāyā. 影、反射の意。▲
異体
Devanāgarī : ज
『字母』:惹
『釈義』:惹
『字記』:社字杓下反輕音音近作可反。餘國有音而下反
《中天》:ジャ
《南天》:ザ ▲
[S]jāti. 誕生、生産の意。▲
Devanāgarī : झ
『字母』:酇去
『釈義』:鄼上聲
『字記』:社字重音音近昨我反
《中天》:ジャ
《南天》:ザ ▲
未詳。▲
異体
Devanāgarī : ञ
『字母』:穰上
『釈義』:孃上聲
『字記』:若字而下反音近若我反。餘國有音壤
《中天》:ジャウ
《南天》:ザ ▲
[S]jñāna. 知ること、知識、智慧の意。▲
異体
Devanāgarī : ट
『字母』:吒上
『釈義』:吒上聲
『字記』:吒字卓下反音近卓我反
《中天》:タ
《南天》:タ ▲
[S]ṭaṅka. 誇りの意。▲
異体
Devanāgarī : ठ
『字母』:咤上
『釈義』:咤上
『字記』:侘字拆下反音近折我反
《中天》:タ
《南天》:タ ▲
[S]viṭhapana. 創造、確立の意。▲
Devanāgarī : ड
『字母』:拏上
『釈義』:拏上
『字記』:荼字宅下反輕音。餘國有音搦下反
《中天》:ダ
《南天》:ダ ▲
[S]ḍamara. 騒乱・暴動、あるいは悪しき前兆、不吉な兆しの意。▲
異体
Devanāgarī : ढ
『字母』:荼去
『釈義』:荼去
『字記』:荼字重音音近幢我反
《中天》:ダ
《南天》:ダ ▲
[S]dṛḍhagrahaṇ̣a. 確かに掴むこと、確保の意。▲
異体
Devanāgarī : ण
『字母』:拏尼爽反鼻呼
『釈義』:拏陀爽反仍鼻聲呼
『字記』:拏字搦下反音近搦我反。餘國有音拏講反
《中天》:ダウ
《南天》:ダ ▲
支那以来の伝統的標音法「反音(はんおん)」あるいは「反切(はんせつ)」を示した記述。反音(反切)とはまた切韻とも言い、読み方が明瞭でないある漢字の音を表すのに、すでにその読みが明瞭な二つの漢字を並べ、前者(反切上字)の頭子音と、後者(反切下字)の韻および四声を組み合わせて、その不明の読みを示す技法。ここでは「陀」と「爽」の反切。
古代支那の漢字音は解明が容易でなく不明な点が多いが、今一般にその音はスウェーデンの言語学・文献学者、Bernhard Karlgrenの研究成果に基づいて理解されている。▲
[S]raṇa. 争い、戦いの意。▲
異体
Devanāgarī : त
『字母』:多上
『釈義』:多上
『字記』:多字怛下反音近多可反
《中天》:タ
《南天》:タ ▲
[S]tathātā. 事物の真なる様態の意。▲
異体
Devanāgarī : थ
『字母』:他上
『釈義』:他上
『字記』:他字他下反音近他可反
《中天》:タ
《南天》:タ ▲
[S]sthāna. 立つ場所、住所、境遇、家の意。▲
Devanāgarī : द
『字母』:娜
『釈義』:娜
『字記』:陀字大下反輕音餘國有音陀可反
《中天》:ダ
《南天》:ダ ▲
[S]dāna. 施与、贈与、放棄、加増の意。▲
Devanāgarī : ध
『字母』:馱去
『釈義』:馱
『字記』:陀字重音音近陀可反
《中天》:ダ
《南天》:ダ ▲
[S]dharmadhātu. 存在の基体、事物の基盤の意。▲
異体
Devanāgarī : न
『字母』:曩
『釈義』:曩
『字記』:那字捺下反音近那可反。餘國有音音曩
《中天》:ナウ
《南天》:ナ ▲
[S]nāman. 名称の意。▲
異体
Devanāgarī : प
『字母』:跛
『釈義』:跛
『字記』:波字𭽽下反音近波我反
《中天》:ハ
《南天》:ハ ▲
[S]paramārtha. 最奥の真実の意。常識的真実(世俗諦)の対概念。▲
Devanāgarī : फ
『字母』:頗
『釈義』:頗
『字記』:頗字破下反音近破我反
《中天》:ハ
《南天》:ハ ▲
[s]phena. 泡、泡沫の意。▲
Devanāgarī : ब
『字母』:麼
『釈義』:麼
『字記』:婆字罷下反輕音。餘國有音麼字下不尖異後
《中天》:バ
《南天》:バ ▲
[S]bandhana. 縛ること・緊縛、あるいは紐や縄の意。▲
Devanāgarī : भ
『字母』:婆去重
『釈義』:婆重上呼
『字記』:婆字重音薄我反
《中天》:バ
《南天》:バ ▲
[S]bhava. 有ること、存在、生命、根源の意。▲
Devanāgarī : म
『字母』:莽
『釈義』:莽
『字記』:麼字莫下反音近莫可反。餘國有音莽
《中天》:マウ
《南天》:マ ▲
[S]mama. 自我の意。▲
Devanāgarī : य
『字母』:野
『釈義』:野
『字記』:也字藥下反音近藥可反又音祗也反譌也
《中天》:ヤ
《南天》:ヤ ▲
[S]yāna. 道、導く事物、旅、乗り物の意。▲
Devanāgarī : र
『字母』:囉
『釈義』:囉
『字記』:囉字曷力下反三合。卷舌呼囉
《中天》:アラ
《南天》:ラ ▲
[S]rajas. もや、蒸気、塵、泥の意。特に煩悩の類比。▲
Devanāgarī : ल
『字母』:邏
『釈義』:邏上
『字記』:羅字洛下反音近洛可反
《中天》:ラ
《南天》:ラ ▲
[S]lakṣaṇa. 姿、特徴、象徴、属性の意。▲
Devanāgarī : व
『字母』:嚩
『釈義』:嚩
『字記』:嚩字房下反音近房可反。舊又音和。一云字下尖
《中天》:バ
《南天》:バ ▲
[S]vāc / vacana. 声、言葉、話、言語の意。▲
異体
Devanāgarī : श
『字母』:捨
『釈義』:捨
『字記』:奢字舍下反音近舍可反
《中天》:シャ
《南天》:シャ ▲
[S]śānti / śanti. 静寂、平静、平和、消沈、寂滅の意。▲
Devanāgarī : ष
『字母』:灑
『釈義』:灑
『字記』:沙字沙下反音近沙可反。一音府下反
《中天》:シャ
《南天》:シャ ▲
未詳。▲
Devanāgarī : स
『字母』:娑上
『釈義』:沙上
『字記』:娑字娑下反音近娑可反
《中天》:サ
《南天》:サ ▲
[S]satya. 真実、現実、本物、純粋の意。▲
Devanāgarī : ह
『字母』:賀
『釈義』:賀
『字記』:訶字許下反音近許可反。一本音賀
《中天》:カ
《南天》:カ ▲
[S]hetu. 原因、動機、理由の意。▲
Devanāgarī : क्ष
『字母』:乞灑二合
『釈義』:乞灑
『字記』:叉字楚下反音近楚可反
《中天》:キシャ
《南天》:サ
本字は字と字の二合、切り継ぎ。 + → + ⇒
本字はすでに切り継ぎであるため体文ではない。しかし、体文の最後に切り継ぎの一例として示すため、伝統的に体文の中に含まれる。本字を含めると以上五十字が羅列されたが、摩多にあると、およびこのの三字は、あくまで例示として挙げられたものであり、したがってそれらを除いて根本の四十七字(四十七言)となる。▲
[S]kṣaya. 衰亡、減少、減衰、破壊、除去の意。▲
ここでについて「迦入」と入声にて発すべきと特記されていることに注意。今一般に、は「かく」などと訓じられ、それをそのまま「かく」と読んでいるけれども、それが誤った陋習であることをこの注記は明瞭に示している。空海がここで「迦入」としているのは、「か」を入声にて唱え、いわば「カッ(h)」と「ハ」の音が出る未然で止めた促音とすべきことを示したもの。「く」とはっきり発音してはならないのである。
字母にいわゆる涅槃点(anusvāra)が付された字を如何に読むべきかについて、近世後期の学匠慈雲は、「但點をしつかりとフツクチキとは讀マぬなり。を短聲によめば微細のクの音そなはるなり。アツ。アクの中間を讀ムべし」(『悉曇章相承口説』)と、誰人でもわかり得るよう工夫を凝らして説明している。これは近世においてもそれを「く」とはっきり発音する者が多くあったからこそのことであったろうが、しかし慈雲のように正しい認識を持つ者があった。しかし、現代の僧職者らでその認識を持つ者は絶無となっている。
これはに限らず、およそが付された文字は、「く」と訓じられていても、そのまま「く」と発音してはならない。そもそも「h」を意味するを「く」と日本で訓じる習いとなったのは、その当初日本語には「ha」の発音が存在しなかったため、「h」列の音を「か」行に転換して記したことによる。この点についても要注意。▲
ここで体文(子音)の一つを例えとして字母とし、そこに(a)(ā)、(i)、(ī)、(u)、(ū)、(e)、(ai)、(o)、(au)、(ṃ)(ḥ)を意味する十二摩多(点画)を付すことにより、を含め計十二字を成している。これを一転と言う。他の字も原則としてほぼ同様。
ただし、の場合、(ku)(kū)がそうであるように、子音を構成するのにその字母が変形する場合がある。また、子音の点画にもいくつか異体があり、字母によっても付する点画が異なる。
現代の印度で用いられているDevanāgarīの場合、点画はा(ā)、ि(i)、ी(ī)、ु(u)、ू(ū)、े(e)、ै(ai)、ॊ(o)、ौ(au)、ं(ṃ)、ः(ḥ)であるが、悉曇と異なり字母が極端に変形することはない。したがってक字の一転はक, का, कि, की, कु, कू, के, कै, को, कौ, कं, कःとなる。▲
玄奘訳『大般若波羅蜜多経』巻五十三「辯大乗品」第十五之三「善現。譬如虚空是一切物所歸趣處。此諸字門亦復如是。諸法空義皆入此門方得顯了。善現。入此𧙃字等名入諸字門。善現。若菩薩摩訶薩於如是入諸字門。得善巧智。於諸言音所詮所表皆無罣礙。於一切法平等空性。盡能證持於衆言音。咸得善巧。善現。若菩薩摩訶薩能聽如是入諸字門印相印句。聞已受持讀誦通利爲他解説。不貪名利。由此因縁。得二十種殊勝功徳。何等二十。謂得強憶念。得勝慚愧。得堅固力得法旨趣。得増上覺。得殊勝慧。得無礙辯。得總持門。得無疑惑。得違順語。不生恚愛。得無高下平等而住。得於有情言音善巧得蘊善巧處善巧界善巧。得縁起善巧因善巧縁善巧法善巧。得根勝劣智善巧他心智善巧。得觀星暦善巧。得天耳智善巧。宿住隨念智善巧。神境智善巧。死生智善巧。得漏盡智善巧。得説處非處智善巧。得往來等威儀路善巧。善現。是爲得二十種殊勝功徳。善現。若菩薩摩訶薩修行般若波羅蜜多時。以無所得而爲方便。所得文字陀羅尼門。當知是爲菩薩摩訶薩大乘相」(T5, pp.302c-303a)。▲
他の悉曇関係の典籍を意味したものであろうが、空海が何をして「彼の口實」と云っているか不明。▲