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Dharmacakra
智慧之大海 ―去聖の為に絶学を継ぐ

栂尾の上人の物語の事 (無住『沙石集』巻三)

原文

或(あ)ル遁丗(とんぜい)ノ長齊(ぢょうさい)ノ上人河内(かわち)國ヘ請用(しゃうよう)𬼀(して)ユク。七里ノ道ヲ冬ノ日。時(じ)以前ニオハシマセト請(しゃう)ス。イト道モアユマヌ馬ニノリテユクニ。クモリテ日影モ見ヘ子(ね)共(ども)。ハルカニ日タケテ覺(おぼゆ)ケレバ。今日(けふ)ハ日サガリヌラントイフニ。檀那(だんな)イマダ午時(ごじ)ニテソ候(さふらふ)覧(らん)トテ。種々ノ珍物(ちんもつ)ヲ以テ齊(さい)イトナミテススム。本ヨリ食者(じきしゃ)ナレバカヒガヒシクヲコナヒ。食後(じきご)ノ菓子マデ至極(しごく)セメクヒテ。楊枝(ようじ)ツカフニ。鐘ノコヱキコユ。是ハ何ノ鐘ソト問ヘバ。日没ト云。日没ノ鐘ヲマカフ事ハニタレ共。食ニマガヘルハ彼ノ上人ノ物語ニ。ワスレタルヨリモマサナクコソ覺(おぼゆ)レ。古(いにしへ)ヲ以(も)テ鏡ト𬼀今ノ丗(よ)ヲ見ニ。興廢(こうはい)誠トニコトナリ。古ノ遁丗ノ人ハ佛法ニ心ヲソメテ。丗間ノ萬事(ばんじ)ヲワスル。近代ハ丗間ノ名利(みゃうり)ヲワスレズ𬼀。佛法ハスタルヽニコソ。カヽルマヽニ。遁丗ノ名ノミ有テ遁丗ノマコ トナシ。丗ニアテハ人ニモシラレズ。名利モナキ人遁丗門ニ入テハ。中々名(みょう)モ利(り)モ有マヽニ。カナラズ道心ニアラ子共。タヽ度丗(とせい)ノタメニ遁丗スル人。年々ニオホク見ヘ侍ニヤ。サレバ當丗ハ遁丗ノ。遁ノ字ヲアラタメテ。貪丗トカクベキニヤ。コノ心ヲ思ツヽケ侍リ
遁丗(とせい)ノ遁(とん)ハ時代ニカキカヘン。昔ハ遁(のが)ル今ハ貪(むさぼ)ル。丗ニマコトアル人モ聞ルニ。朝暮(てうぼ)ハヾカリアルニヤ。近代モ道ニ志シ有ル人アリトイヘドモ。半ハ遁丗ノ風情(ふぜい)皆カハリタリ。コレ遁丗ノアルベキ様ヲシラザルカ。シリナガラマナビガタキカ。思出ナキ身ニコソ夫(それ)一切衆生(しゅじゃう)ハ皆靈知(りゃうち)覺了(かくりゃう)ノ性(しゃう)ヲ具セリ。此ノ性(しゃう)即佛性(ぶっしゃう)ナリ。此ノ佛性ヲワスルヽヲ。生死(しゃうじ)ノ凡夫(ぼんぷ)トイフ。本覺(ほんがく)ノ真心(しんじん)ニソムキテ。幻化(げんけ)ノ塵境(じんきゃう)ニ著(ぢゃく)スルヲ。無明(むみゃう)妄想(もうぞう)トイフ。然(しかれ)ハ法身(ほっしん)ノ大我(たいが)ヲワスレヌコソ。マコトノ道人ノアルヘキヤウニテ侍ルヘケレ。圭峯(けいほう)禅師云。以二空寂一爲二自身一勿レ認二色身一以二靈知一爲二自心一勿レ認二妄念一作二有義事一是惺悟心作二無義事一是狂亂心狂亂由二情念一臨終被二業牽一惺悟不レ隨レ情臨終能轉レ業トイヘリ。 文(もん)ノ意ハ妄心(もうしん)分別(ふんべつ)ハ是レ狂亂(きゃうらん)ナリ。真心ヲワスル一念(いちねん)不生(ふしゃう)ハコレ惶悟(こうご)ナリ。本心ヲアラハス情念ノ所作(しょさ)ハ。皆無義(むぎ)也。無常ノ果ヲウク無念ノ修行ハ。コレ有義(うぎ)也。常住(じゃうじう)ノ理(ことはり)ニカナフ此ノ故ニ臨終(りんじう)ニ妄業(もうごふ)ニヒカレズ𬼀。自在ノ妙樂(めうらく)ヲ得ント思ハヾ。行住坐臥ニ妄念ヲユルサズ𬼀本心ヲアキラムベシ。德山(とくざん)云無二心於事一無二事於心一虛而靈空而妙毫釐(がうり)繋レ念三途業因弊瞥情生萬劫羈鏁(きさ)云々是行人(ぎゃうにん)ノ用心修觀(しゅくわん)ノ龜鏡(ききゃう)也。無心無事ナルハ。真身ノアラハルヽスガタ。繋念(けねん)情生(じゃうしゃう)スルハ。本心ヲワスルヽ時也。此故ニ孔子(くじ)ノ物語アマ子ク天下ノ人ヲオシヘテ。佛法ニ入ル方便(はうべん)也。

現代語訳

ある遁世(とんぜい)の、長斎(ぢょうさい)〈斎戒(不非時食学処)を長く持つこと〉している上人が河内国〈現在の大阪府南東部〉へと請用(しゃうよう)〈僧が祈祷などで招かれること〉で行った。七里〈約28km〉の道を冬の日、時(じ)〈正午〉以前にお越しくださいと請われていた。まるで道を歩まない(足の遅い)馬に乗って行ったが、曇って太陽の影も見えなかったけれども、はるか(頭上)に太陽が登っているように感じられたため、
「今日は陽も落ちてきてしまったであろう」
と言ったところ、
「檀那(だんな)〈旦那。ご主人さま〉、いまだ午時(ごじ)〈11:00頃〉であります」
と、種々の珍しい物を以って斎(さい)〈斎食。午前中の食事〉を営んで勧めてきた。(長斎の上人は)元来が食者(じきしゃ)〈健啖家?〉であったことから甲斐甲斐しく〈てきぱきと斎食を〉行い、食後の菓子まで至極しきりに食べ、(食後に)楊枝(ようじ)〈歯磨きの枝〉を使っていたところ、鐘の音が聞こえた。
「これは何の(時を告げる)鐘であろう」
と問うたところ、
「日没です」
と言う。日没の鐘を区別できなかったことのようであるけれども、食(すべき午前の時)をすら区別できなかったというのは、かの上人〈明恵〉が(高野の遁世上人らと仏法について)物語して(非常に長い時を過ぎたのを)忘れた程であったのに比べたならば、見苦しく思われる。
古を以って鏡〈手本・基準〉として今の世を見たところ、その(仏法の)興廃は誠に異なっている。古の遁世〈出家〉の人は、仏法に心を染めて世間の 万事(ばんじ)を忘れていた。近代は世間の名利(みゃうり)を忘れず、仏法は廃れてしまったのだ。そうしたまま(今や)「遁世」の名のみあって「遁世のまこと」は無い。世にあっては人にも知られず名利も無い人が、遁世門に入ったならば、なかなかの名も利もあるようになり、決して道心によってではなく、ただ渡世のために遁世する人が年々多く見えるようになったようである。ならば当世〈今の世〉では、遁世の「遁」の字をあらためて「貪世」と書くべきではなかろうか。この心を思い続けている。

遁世の遁は時代に書き換えん 
むかしは遁(のが)る 今は貪(むさぼ)る

世には誠ある人も(未だあると)聞くけれども、(今のような末代にあっては)朝暮にはばかり〈人目を避けること〉のあることだろう。近代も、道に志ある人があるとはいえ、半ば遁世の風情はすっかり変わってしまっている。これは「遁世のあるべきよう」を知らないのか、知りながら学び〈実際に行うこと〉が難しいのか。(以前の享楽的な)思い出なき身にこそ、一切衆生は皆「霊知(りょうち)覚了(かくりょう)の性(しゃう)」が具わるのだ。この性とはすなわち仏性である。この仏性を忘れるのを「生死(しょうじ)の凡夫(ぼんぷ)」という。本覚の真心に背き、幻化の塵境に取り憑かれるのを「無明(むみょう)妄想(もうぞう)」という。ならば、法身の大儀を忘れないことこそ、まことの「道人のあるべきよう」でなければならない。圭峯(けいほう)禅師〈宗密。華厳宗第五祖〉は、「空寂を以て自身と為し、色身を認めること勿れ。霊知を以て自心と為し、妄念を認めること勿(なか)れ。有義の事を作す、是れ惶悟(こうご)の心。無義の事を作す、是れ狂乱の心。狂乱は情念に由って、臨終に業に牽か被れる。惶悟(こうご)は情に隨ずして、臨終に能く業を転ず」と云った。その文の意は、妄心分別はこれ狂乱である。真心を忘れる一念不生はこれ惺悟である。本心を表す想念の所作は、すべて無義である。無常の果を受けた無念の修行は、これ有義である。常住の理に適(かな)う。この故に臨終に妄業に引かれずして、自在の妙薬を得ようと思うならば、行住坐臥に妄念を許さずして、本心を諦めるべきである、というものである。徳山(とくざん)〈徳山宣鑑〉は、「心に事なく、事に心なし。虚にして霊なり。空にして妙なり。毫釐(ごうり)も繋念(けねん)すれば、三途(さんず)の業因となる。弊瞥にも情の生じたならば万劫に羈鏁(きさ)する」と云った。これは行人の用心、修観の亀鏡(ききゃう)である。無心無事であることは、真身のあらわれた姿、繋念して情の生じることは本心を忘れる時である。この故に「孔子(くじ)の物語」〈『沙石集』巻三〉は、あまねく天下の人を教えて、仏法に入らせる方便〈手立て〉である。

脚註

  1. 長齊(ぢょうさい)

    斎戒を長期間、実践すること。仏教の出家者にとって食事が可能であるのは日の出から正午までに限られ、これを時食(じじき)というが、それを在家信者が倣って行うのが斎戒。八斎戒は基本的に一ヶ月のうちの六日間、いわゆる六斎日において実践することが推奨されるが、六日間に限らず特定の一ヶ月間あるいはそれ以上行うのを長斎という。出家者が斎戒を守るのは極めて基本的な行儀であって本来当たり前であり、「長斎の上人」など滑稽である。しかし、ここでわざわざ「遁世の長斎の上人」といっているのは、出家者であってもが斎戒を守るものが当時は極稀であり、しかも遁世者であっても、出家者として基本的な行儀をわきまえず実践しているものが無かったことを示している。▲

  2. 河内(かわち)國

    五畿内の一国。河州とも。現在の大阪府南東部。▲

  3. 請用(しゃうよう)

    貴賤の在家信者が法会や祈祷・説法などのため僧や修験者を家宅に招くこと。または僧や修験者が招かれること。▲

  4. 時(じ)

    日の出から正午までの、出家者が食事をとるのに相応しく適切であるとされる時間。▲

  5. 檀那(だんな)

    もとは[S/P] dānaの音写であって与えること、いわゆる布施の義であるが、転じて施主、養うもの、主人を意味するようになった。ここでは後者の意。▲

  6. 午時(ごじ)

    11:00-13:00。ただし、長斎している僧に対しての言であるから、ここでは特に正午以前の11:00頃を意図したもの。▲

  7. 齊(さい)

    時食に同じ。日の出から正午までになすべき出家者の食事。正午を過ぎた食を非時食といい、出家が摂るべきでないとされる。▲

  8. 食者(じきしゃ)

    他に用例を見ない語であるが、健啖家の意であろうか。▲

  9. 楊枝(ようじ)

    [S] danta-kāṣṭha. 古代印度以来用いられた歯磨きの枝。食後、歯間などに挟まった食の残り滓をこそぎ落とすためのもの。万一、歯に挟まっていたものなどが正午を過ぎて喉を通ったならば、非時食となって斎戒を犯すことになるため、持斎の出家者にとって重要な意味を持つ。義浄『南海寄帰内法伝』により、そのような認識は中世の日本における律僧らの間でも広まっていたであろう。▲

  10. 名利(みゃうり)

    名誉と利益。世間的な立場や称号、そして金銭や土地、衣服などの財産。▲

  11. 度世(とせい)

    渡世に同じ。度は渡に通じて用いられる字。世渡りのための術、処世術。▲

  12. ハヾカリ

    ①恐れ慎むこと・②差し支え、支障。ここでは「(俗塵にまみれた世間に身を置くことは)支障あって出来ない」との意か。▲

  13. 佛性(ぶっしゃう)

    [S] buddhadhātu / buddhagotra. あらゆる生命が等しく有するとされる仏陀の本性・仏陀になり得る因子。▲

  14. 生死(しゃうじ)ノ凡夫(ぼんぷ)

    生死流転を繰り返して果てない、真理に昏く愚かな生命。凡夫は[S] pṛthagjanaの漢訳で、愚か者・無知な者・凡庸な人の意。▲

  15. 本覺(ほんがく)

    あらゆる生命が本来的に内在する菩提(覚り)の本性。▲

  16. 塵境(じんきゃう)

    六根(六種の感覚)すなわち眼・耳・鼻・舌・身・意の各知覚対象である六境(六種の対象)すなわち色・声・香・味・触・法。▲

  17. 無明(むみゃう)

    [S] avidyā. 真理(四聖諦と業報輪廻)に対する無知。生死輪廻して果てしない苦たる生存における根本原因。▲

  18. 妄想(もうぞう)

    事物の真なるあり方とその姿を知らず、その事物の真ではなく、自らが好みあるいは嫌うことによって見たいように見ること。▲

  19. 法身(ほっしん)

    真理そのもの。▲

  20. 大我(たいが)

    妄想分別を離れ、事物の真理に達して自由自在たる働き、あるいはその境地。▲

  21. 圭峯(けいほう)禅師

    華厳宗第五祖とされる唐代の支那僧、宗密〈780-841〉の異称。定慧禅師とも。▲

  22. 妄心(もうしん)分別(ふんべつ)

    真理を知らぬ迷妄な心における誤った事物の捉え方。妄想分別に同じ。▲

  23. 一念(いちねん)不生(ふしゃう)

    一瞬たりとも(本覚の真心を)忘れないこと。▲

  24. 惶悟(こうご)

    惶はおそれかしこまるの意、悟は悟るの意。▲

  25. 臨終(りんじう)

    死のまぎわ。▲

  26. 德山(とくざん)

    徳山宣鑑〈782-865〉。唐代の支那僧。律や唯識を学んだのちに禅門に入った人。見性禅師とも。一般に「徳山の棒」と称され、教えを求め質問してきた者の質が気に入らなければ(あるいは気に入っても)棒で殴り倒した狂人。唐代の禅者の語録は狂人の祭典であるが、その狂気に道理を見出すのが禅気であり、『臨済録』はその白眉。▲

  27. 毫釐(がうり)

    ごく僅かであること。極めて少ないこと。▲

  28. 羈鏁(きさ)

    馬の面繋(おもがい)と鎖。転じて繋ぎ止めるもの、束縛するものの意。▲

  29. 龜鏡(ききゃう)

    龜鑑に同じ。手本、規範や理想とするもの。▲

  30. 孔子(くじ)ノ物語

    孔子(くじ)は中国春秋時代の思想家、孔子(こうし)の呉音読み。古代以来、中世においても古代支那の孔子が継いで広めた思想、いわゆる儒教は僧俗の間でよく学ばれていた。
    ここで「孔子の物語」とは、この『沙石集』巻三第八話「栂尾の上人の物語の事」の前、第七話「孔子の物語の事」を引いたもの。そこで孔子は「孔丘ハ儒童菩薩ノ後身ト𬼀。周ノ代ニ出テ。佛法ノ方便ノタメニ。先王ノ要道ヲノベテ。國ノ政ヲ示シ。仁義ノ孝行ヲシヘテ。人ノ心ヲタヽシクセシ賢聖ナリ」とされている。すなわち、孔子とは釈尊の前生、儒童菩薩の後身(生まれ変わり)であって、支那の人を導く方便として儒教(特に「仁・義・忠・孝・礼」の五常)を教え広めたとする見方を述べている。これは前漢から後漢の支那にて、老子が印度に赴いて仏教の開祖となったのであって、仏教と道教とは変わりなく、むしろ道教こそ真であるとする『老子化胡経』の如き説を、仏教が儒教に対して述べたものであった。
    『沙石集』巻一・第一話「太神宮の御事」にはそのような理解が「漢朝ニハ佛法ヲ弘メシタメニ。儒童迦葉定光ノ三人ノ菩薩。孔子老子顔回トテ。マヅ外典ヲモテ。人ノ心ヲ和ケテ。後ニ佛法流布せシカバ。人皆此ヲ信ジキ」とより直接的に記されている。
    無論、いずれも取るに足らない妄説であるけれども、当時の人が仏教・儒教・道教とをいかに理解していたかの片鱗を伝える。▲

  31. 方便(はうべん)

    [S/P] upāya. (特に悟道に導くための)手立て、手段。▲

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