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智慧之大海 ―去聖の為に絶学を継ぐ

「明恵上人の手紙」 ―仏弟子のあるべきようわ

「明恵上人の手紙」解題

『明恵上人伝記』の一篇

画像:明恵上人坐像(高山寺蔵)

ここに「明恵みょうえ上人の手紙」と題し掲載したのは、『栂尾明恵上人伝記』(以下、『明恵上人伝』)にある、明恵上人の宛先不明の手紙の全文です。この手紙は、一説に、上人の叔父であった湯浅権守ごんのかみ藤原宗重ふじわら むねしげ宛のものであるといい、或いはまたその弟子であった秋田城介あきたじょうのすけ入道大蓮房覚智かくち宛のものであるとも伝えられています。

明恵上人のすぐれて高かった徳あるいはその言葉はその弟子によって書き留められ編纂され、それがまた同時代の高名な僧侶等の著作にしばしば引用されるなど当時からすでに世に名高いものでした。それが江戸期に到って出版されるや、さらに広く僧俗に知られるものとなって、以来多くの人に影響を与えています。

といっても、江戸期になって始めて出版された『明恵上人伝』に関して言えば、文献学的に見れば、その全てが明恵上人の実際の事跡に基づくものではなく、いくぶん後代の人々によって加筆・脚色されたものであることが知られています。明恵の伝記で最も古いものは『明恵上人行状』ですが、残念なことにその中程が一部散失して完全には伝えられていません。『明恵上人伝』は『明恵上人行状』を下敷きに加筆、編纂されたものではありますが、読み物として大変優れたものであり、しかもただ面白いというのではなく、これを読む人の精神に強い影響を与えること多いものです。今も猶、多くの人を惹きつけて止まない書となっています。

現在、『栂尾明恵上人伝記』は、久保田 淳・山口明穂 校注『明恵上人集』岩波文庫ワイド版、ならびに平泉洸『明恵上人伝記』講談社学術文庫に収録され出版されており、容易にこれを読む事が可能です。

明恵による「仏道」概説

明恵による宛先不明のこの手紙は、特に個人的内容を含むものでなく、明恵上人による仏教、いや「仏道」概説の如きものとなっています。それは、今の学者や僧職者がそうするような学術的・傍観者的になされたものでなく、仏陀亡き後の世にあって人はいかに仏教を捉え、そして修行するべきかを懇懇と勧める上でなされたものです。

当然ながら、その文体は当時のものであり、またその内容には当時の社会通念や共通理解・感覚に基づくものがあって、現代のそれとは異なったものです。しかしそれでもなお、自身が仏教徒であればなおさら、ここから多くのものを学びうるに違いない内容となっています。これを昔々の「おとぎ話」として読む事ももちろん可能で、そのように読む人の方が多いかも知れません。けれども、仏教徒が仏典など読むときに肝要なのは、それが今まさに自分に対して説かれているものであるとの思いをもって読む事です。

ここで紹介している手紙もまた、これを明恵上人から現代の自分自身に宛てられた手紙である、として読む事は十分可能です。現代風に「明恵上人からあなたへの手紙」・「あたなだけの明恵上人」などとするのはあまりに陳腐で軽薄に過ぎるでしょう。しかし、この手紙はまさしく自分に宛てられたものだと思って読めば、すこぶる自身に有益なものをもたらすであろう、と菲才はひそかに確信するものであります。

これをもって今の人が仏教に触れ、さらに実践する一つのきっかけとなれば、この上ない幸いです。

非人沙門覺應

凡例

一.本稿にて紹介する『栂尾明恵上人遺訓』『阿留辺畿夜宇和』)は、寛文五年〈1665〉、上村次郎右衛門により刊行された『栂尾明恵上人伝記』を底本としている。

一.底本における和文字はすべて片仮名によるが、本稿の原文ではこれをすべて平仮名に改めている。また底本には句読点が付されていないため、適宜に句読点を付した。

一.本稿に翻刻した原文には、底本にある漢字は現代の常用漢字に改めず、可能な限りそのまま用いている。これにはWindowsのブラウザでは表記されてもMacでは表記されないものがある。ただし、Unicode(またはUTF-8)に採用されておらず、したがってWeb上で表記出来ないものについては代替の常用漢字を用いた。

一.現代語訳においては読解に資するよう、適宜に常用漢字に改めている。また、読解を容易にするため原文に無い語句を挿入した場合がある。この場合、それら語句は括弧()に閉じてそれが挿入語句であることを示している。しかし、挿入した語句に訳者個人の意図が過剰に働き、読者が原意を外れて読む可能性がある。そもそも現代語訳は訳者の理解が十分でなく、あるいは無知・愚かな誤解に由って本来の意から全く外れたものとなっている可能性があるため、注意されたい。

一.現代語訳はなるべく逐語訳し、極力元の言葉をそのまま用いる方針としたが、その中には一見してその意を理解し得ないものがあるため、その場合にはその直後にその簡単な語の説明を下付き赤色の括弧内に付している(例:〈〇〇〇〉)。

一.底本においても振られているルビはそのまま用いた。さらには、難読あるいは特殊な読みを要する漢字を初め、今の世人が読み難いであろうものには編者の判断で適宜ルビを、伝統的仮名遣いによって加え付した。

一.補注は、特に説明が必要であると考えられる語句などに適宜付し、脚注に列記した。

懸命なる諸兄姉にあっては、本稿筆者の愚かな誤解や無知による錯誤、あるいは誤字・脱字など些細な謬りに気づかれた際には下記宛に一報下さり、ご指摘いただければ幸甚至極。

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