「臨終方訣」
若しは苾芻苾芻尼、若しは鄔波索迦・鄔波斯迦、若し人有りて將に命終せんと欲し、身心苦痛するを見んに、應に慈心を起して、拔濟し饒益すべし。教へて香湯をもって澡浴して清淨ならしめ、新淨の衣を著して安詳にして坐せしめ、正念・思惟せしむ。若し病の人、自ら力無くんば、餘人扶けて坐せしむ。又坐する能はざれば、但だ病者をして右脇を地に著け、合掌して至心に面を西方に向けしめよ。
當に病者の前に一淨處を取り、唯だ牛糞香泥を用て地に塗り、心に隨て大小に、方角の壇を爲す。華を以て地に布き、衆の名香を燒き、四角に證を燃す。其の壇内に於て、一の綵像を懸け、彼の病人をして心心相續して、其の相好を觀じ、了了分明ならしむ。菩提心を發さしめ、復た爲に廣く三界は難居にして、三塗の苦難、所生の處に非ず。唯だ佛菩提のみ、是れ眞の歸仗なり。歸依を以ての故に、必ず十方諸佛の刹土に生じ、菩薩と與に居し、微妙の樂を受くることを説く。
病者に問ふて言く。汝今何の佛土に生ぜんことを樂ふや。病者答へて言く。我が意某佛の世界に生ぜんことを樂ふと。時に説法の人、當に病者の心の欲する所に隨て、爲に佛土の因縁十六觀等を宣説す。猶し西方無量壽國の如し。一一具さに説き、病者の心をして佛土に生ずることを樂はしむ。説法を爲し已りて、。復た教へて、何方の國に隨ひて、佛身相好を諦觀せしむ。相好を觀じ已りて、復た教へて佛及び諸菩薩を請じて、是の言を作さしむ。稽首したてまつる、如來應正等覺、并に諸菩薩摩訶薩、願はくは我を哀愍して、拔濟饒益したまへ。我れ今爲に衆罪を滅せんことを請ひ奉る。復た弟子を將て、佛菩薩に隨て、佛國土に生れん。第二第三。亦た是の如く説く。
既に教を請しめ已りて、復た病人をして彼の佛名を稱して、十念成就せしめ、與に三歸を受けしめ、廣大懺悔せしむ。懺悔し畢已て、復た病人の爲に、菩薩戒を受けしむ。若し病人困て言う能はざれば、餘人代りて受け、及び懺悔等せしむ。不至心を除き、然も亦た罪滅す。菩薩戒を得、既に戒を受け已らば、彼の病人を扶て、首を北にして臥し、面を西方に向けて、開目閉目に、諦かに佛の三十二相八十隨形好を想はしむ。乃至十方諸佛、亦復た是の如し。又其れが爲に四諦因果十二因縁、無明老死、苦空等の觀を説く。
「臨終方訣」
あるいは苾芻〈bhikṣu. 比丘〉・苾芻尼〈bhikṣuṇī. 比丘尼〉、あるいは鄔波索迦〈Upāsaka. 優婆塞・男性信者〉・鄔波斯迦〈Upāsikā. 優婆夷・女性信者〉など、もし人が今まさに命が終ろうとし、身と心との苦痛に喘ぐ者があったならば、慈しみの心を起してその(苦痛を)和らげ除き、饒益せよ。人に指示して香湯でもって澡浴させて清潔にし、新しい衣服を著させてゆったりと座らせ、正念〈よく気をつけること〉・思惟〈集中〉させるのである。もし、その病者自らでそうする力が無いならば、側にある者に介助させて座らせよ。もしまた座ることも出来ないならば、その病者を(北枕にして)右脇を下に寝かせて合掌させ、心を落ち着かせて西方に向けさせよ。
病者の前の清らかな場所を設けて、牛糞や香泥をその地に塗りつけ、思うに従った大きさの正方形の壇を作れ。そして華をそこに撒き散らし、様々な名香を焚いて四角に灯明を灯す。その壇の上に一つの(仏・菩薩の)図像を設け、その病者に意識を向けさせて、その(図像の)相好を一つ一つ明瞭に観察させる。そして菩提心を発させ、広く三界とはまったく居難い場所であって、(特に地獄・餓鬼・畜生の)三途における苦しみは甚だしく、生まれ変わるべき処でないこと。ただ仏・菩提のみが真に帰依し頼るべきものであること。それに帰依することによって、必ず十方諸仏の淨土に生じて菩薩と共にあり、微妙の楽を受けるであろうことを説く。
次に病者に、
「あなたは今、どの仏陀の淨土に生まれ変わることを望みますか」
と問えば、病者は
「私の望みは某仏陀の世界に生まれ変わることです」
などと答えるであろう。そこで説法の人は、病者の心が欲し願うままに、淨土の因縁や十六観などを説き示す。たとえば西方無量壽国〈極楽浄土〉のように。一つ一つを詳しく具さに説いて、病者が仏国土に生ずることを願うようにさせる。説法し終わってから、また再び(病者がそこに生まれ変わりたいと願う)淨土について、またその仏陀の姿形などを教えて観想させる。その姿形を観想させたならば、次に仏陀および諸々の菩薩に対して、このように言わせる。
「稽首したてまつる、如来応正等覚ならびに諸菩薩摩訶薩よ、願わくは私を哀愍して抜済饒益したまえ。私は今、(自ら為してきた)諸々の罪業を滅することを請い奉る。そして弟子を率いて、仏・菩薩に従い、仏国土に生まれ変われますように」
と。そして同様に二度目、三度目と繰り返させる。
そのように教えを請わせて後、また病人をして自らが信仰する仏陀の名を唱えさせて十念を成就させ、次に三帰依を授け、それまでの自身の悪業を全て懺悔させる。懺悔させ終わったならば、病人のために菩薩戒を授ける。もし病人が病苦で言葉を発することも出来ない場合は、代理の者に受けさせ、ならびに懺悔などさせる。仏教への不信感を除かせ、罪業を滅ぼすのである。菩薩戒を授け終わったならば、その病人を助けて頭を北にして寝かせ、顔を西方に向けて、開目あるいは閉目にても、明瞭に仏陀の三十二相八十種好を観想させる。十方諸仏についてもまた同様である。それからその人の為に四聖諦や因果応報、十二因縁、無明、老死、そして苦や空について説くのである。