訓読

如來（にょらい）の滅後は、戒を以（も）て師と爲す。出家在家、七衆（しちしゅ）の弟子、誰か仰がざらんや。十誦律（じゅうじゅりつ）に云く、諸（もろもろ）の比丘、毗尼（びに）を廢學して、便ち修多羅（しゅたら）・阿毗曇（あびどん）を讀誦（どくじゅ）するに、世尊、種種（しゅじゅ）に呵責（かしゃく）したまふ。毗尼あるに由って、仏法世に住すと。_云云　此の如きの文（もん）、幾許（いくばく）なるかを知らず。然れども時を追ひて漸（ようや）く衰ふるは、必然の理（ことはり）なり。我も暗く人も暗く、學ばず持せず。ただ八宗（はっしゅう）相ひ分るるの後、三學（さんがく）互いに異なる中、御寺（みてら）、昔より二宗（にしゅう）を相傳せり。東西の堂衆（どうしゅ）は、則ちそれ律家（りっけ）なり。鑒眞（がんじん）和尚を以て祖師と爲し、曇无德部（どんむとくぶ）を以て本敎と爲して、持衣（じえ）以降、殊に律宗と稱す。大小の十師（じっし）昇進するに限り有り、戒和尚（かいわじょう）を以て忝（かたじけ）なくも極位（ごくい）とす。而るに末代の佛法、名利（みょうり）を離れず。もし其の依怙（えこ）あらば、これに就いて勇（ゆう）あり。昔、諸寺に律供（りつく）を置くは、是れ止住（しじゅう）の緣なり。維摩（ゆいま）の大會（だいえ）に大業（たいごう）を遂ぐるは、是れ出身の階（みぎり）なり。兩事倶（とも）に絶す、これを如何（いかん）せん。

彼の兩山の先達（せんだつ）の一乘（いちじょう）を持する者の如き、實にこれを貴ぶべし。皆な世の藥なり。仍（よっ）て世間の歸依（きえ）隨って虛しからず。戒律の一道に至っては、昔と大いに殊（こと）なれり。歎ずと雖も益無し。實に是れ時代の然（しか）らしむなり。半ばはまた土風（どふう）の應（おう）ぜざるか。但だ自餘の事は置いて論ぜず。

南都の受戒は、惣じて七大諸寺（しちだいしょじ）、別しては両堂十師（じっし）、勅宣に依てこれを行ひ、儀式甚だ嚴然（ごんねん）たり。三師七證（さんししちしょう）を得戒の緣と爲す。設（たと）ひ不淸淨（ふしょうじょう）比丘（びく）と雖も、設ひ不如法（ふにょほう）の軌則（きそく）と雖も、其の中もし一人二人の法を知る人有らば、隨分の勝縁なり、あに空（むな）しかるべきや。 當時（とうじ）續（つ）ぐ人無くんば、將來まさに何かせん。ただ一宗の衰微にあらず、旣に是れ四衆（ししゅ）の悲歎なり。何なる方便を以ても、暫くと雖も助けを得、両堂の内、旧學（くがく）の輩（ともがら）、各（おのおの）退屈（たいくつ）の恨みを止め、須らく勸進（かんじん）の計（はかりごと）を廻らして、新學衆（しんがくしゅ）の爲に常に依止（えじ）と爲り、戒本（かいほん）一巻と雖も、名目（みょうもく）一科と雖も、勸めてこれを誦せしめ、訓（おし）えてこれを知らしめるは、時に取て至要なり、世の與めの巨益（こやく）なり。 宜（よろ）しく正法（しょうぼう）を護るの願いを住（とど）むべし。眞（まこと）に佛を供養するを名くるが故なり。伏して乞ふ、佛法擁護の諸天善神、此の誓願を愍んで彼の法命（ほうみょう）を守らんことを。仍（よ）て唱（とな）へ奉（たてまつ）る所、件（くだん）の如し。

沙門戒如（かいにょ）_{正文を以て之を寫す}