悉曇字記
娜麼娑上囉嚩二合社若 而也反・二合也悉曇 去聲。已上題目。
悉曇
短の阿字上聲。短に呼べ。音え、近きは惡引。
長の阿字聲に依り長く呼べ。別體にはに作す。
短の伊字上聲。聲、近きは於翼反。別體にはに作す。
長の伊字字に依て長に呼べ。別體にはに作す。
短の甌字上聲。聲近きは屋。別體にはに作す。
長の甌字長に呼べ。別體にはに作す。
短の藹字去聲。聲近きは櫻係の反。
長の藹字近きは於界の反。
短の奧字去聲。近きは汙。別體にはに作す。
長の奧字字に依るに長に呼べ。別體にはに作す。
短の暗字去聲。聲え近きは於鑒の反。別體にはに作す。
長の痾字去聲。近きは惡
義淨三藏の云く、上の三對は上は短、下は長。下の三對は上は長、下は短なり。
右悉曇の十二字、後の章の韻と爲る。迦字の聲を用て阿・伊・甌等の十二韻に對して之を呼べば、則ち下の迦・機・鉤 矩侯の反 等の十二字を生得し、次に佉字の聲を用れば、則ち佉・欺・丘 區侯の反 等の十二字を生得し、次に伽・其・求 瞿侯の反 等の十二字を生ずるが如し。已下、例して然なり。且く先づ短の迦字一十二文を書て、第二の字從り已下、其の麼多を加れば、即ち字形 別なり。悉曇の韻を用て之を呼べば、則sち其の字の名を 識るなり。佉・伽已下、叉字に至て例して然なり。以て一章を成す。舊く十四音と云ふは、即ち悉曇の十二字の中の甌字の下に於て、次に紇里・紇梨・里・梨の四字有り。即ち前の悉曇の中の最後の兩字を除く。之を界畔の字と謂ふなり。餘を則ち十四音と爲す。今は生字に約して、紇里等の四字を除く。
體文 亦は字母と曰ふ。
迦字 居下の反なり。音、近きは姜可の反。
佉字 去下の反なり。音、近きは去可の反。
伽字 渠下の反。輕音。音、近きは其下の反。餘國に音有り。疑可の反。
伽字 重音。渠我の反。
哦字 魚下の反。音、近きは魚可の反。餘國に音有り。魚講の反なり。別體にはに作す。麼多を加ふ。
已上五字牙聲
者字 止下の反。音、近きは作可の反。
車字 昌下の反。音、近きは倉可の反。別體にはに作す。
社字 杓下の反。輕音。音、近きは作可の反。餘國には音有り。而下の反。別體にはに作す。
社字 重音。音、近きは昨我の反。
若字 而下の反。音、近きは若我の反。餘國に音有り、壤。別體にはと作す。
已上五字齒聲
吒字卓下の反。音、近くは卓我の反。別體にはと作す。麼多を加ふ。
侘字拆下の反。音、近くは折我の反。別體にはと作す。
荼字宅下の反。輕音。餘國に音有り。搦下の反。
荼字重音。音、近くは幢我の反。
拏字搦下の反。音、近くは搦我の反。餘國の音有り。拏講の反。別體にはと作す。麼多を加ふ。
已上五字舌聲
多字怛下の反。音、近くは多可の反。別體にはと作す。
他字他下の反。音、近くは他可の反。
𨹔字大下の反。輕音。餘國に音有り。𨹔可の反。
𨹔字重音。音、近くは𨹔可の反。
那字捺下の反。音、近くは那可の反。餘國の音有り。曩。別體にはと作す。
已上五字喉聲
波字鉢下の反。音、近くは波我の反。
頗字破下の反。音、近くは破我の反。
婆字罷下の反。輕音。餘國に音有り。麼字の下も尖どからず。後に異なり。
婆字重音。薄我の反。
麼字莫下の反。音、近くは莫可の反。餘國に音有り。莽。
已上五字脣聲
也字藥下の反。音、近くは藥可の反。又の音は祗也の反。訛なり。
囉字曷力下の反。三合。舌を卷て囉と呼べ。
羅字洛下の反。音、近くは洛可の反。
嚩字房下の反。音、近くは房可の反。舊くに又の音は和。一つには云く、字の下も尖どなり。
奢字舍下の反。音、近くは舍可の反。
沙字沙下の反。音、近くは沙可の反。一つの音は府下の反。
娑字娑下の反。音、近くは娑可の反。
訶字許下の反。音、近くは許可の反。一つには本音、賀。
濫字力陷の反。音、近くは郎紺の反。
叉字楚下の反。音、近くは楚可の反。
已上十字遍口聲
右字體三十五字、後の章には、三十四字を用て體と爲す。唯し濫字は全く生ずること能はず。餘は隨て生ずる所なり。具には當章に之を論ずるが如し。
悉曇字記
娜麼娑上囉嚩二合社若 而也反・二合也悉曇 去声。已上題目。
〈nama sarvajñaya siddāṃ. 正しくはnamo sarvajñāya siddaṃなど〉
悉曇〈siddaṃ. 特に梵字の母音十二字〉
短の阿字 上声。短に発声せよ。その音が近いのは「悪」の引声。
長の阿字 声に依り長く発声せよ。別体はに作る。
短の伊字 上声。音が近きのは於翼の反。別体はに作る。
長の伊字 字に依って長に発声せよ。別体はに作る。
短の甌字 上声。音が近いのは屋。別体はに作る。
長の甌字 長に発声せよ。別体はに作る。
短の藹字 去声。音が近いのは櫻係の反。
長の藹字 (音が)近いのは於界の反。
短の奧字 去声。(音が)近いのは汙。別体はに作る。
長の奧字 字に依るに長に発声せよ。別体はに作る。
短の暗字 去声。音が近いのは於鑒の反。別体はに作る。
長の痾字 去声。(音が)近いのは悪
義浄三蔵は「上の三対は上は短、下は長。下の三対は上は長、下は短である」としている。
右、悉曇の十二字は、後の章の韻となる。迦〈(ka)〉字の声をもって阿・伊・甌等の十二韻に対してこれを発声したならば、すなわち下の迦〈(ka)〉・機〈(ki)〉・鉤〈(ku)〉 矩侯の反 等の十二字を生得し、次に佉〈(kha)〉字の声を用いたならば、すなわち佉〈(kha)〉・欺〈(khi)〉・丘〈(khu)〉 區侯の反 等の十二字を生得し、次に伽〈(ga)〉・其〈(gi)〉・求〈(gu)〉 瞿侯の反 等の十二字を生ずるようなものである。已下、この例の通りとなる。今は仮に先づ短の迦迦〈(ka)〉字一十二文を書いたが、第二の字より已下、その麼多を加えたならば、すなわち字形は別となる。悉曇の韻〈十二韻〉をもってこれを発声したならば、すなわちその字の名を識るのである。佉〈(kha)〉・伽〈(ga)〉已下、叉〈(ca)〉字に至っても、この例の通りとなる。そのようにして一章を形成する。旧くに十四音と云うのは、すなわち悉曇の十二字の中の甌〈(ū)〉字の下に、次に紇里〈ṛ〉・紇梨〈ṝ〉・里〈ḷ〉・梨〈ḹ〉の四字が置かれたことによる。そして前の悉曇の中の最後の両字〈(aṃ)・(aḥ)〉を除いた。これを「界畔の字」と謂う。(界畔の両字を除いた)他を十四音としたものである。今は生字に約して、紇里等の四字〈別摩多〉を除く。
体文 または字母という。〈vyañjana. 子音〉
迦字 居下の反。音が近いのは姜可の反。
佉字 去下の反。音が近いのは去可の反。
迦字 渠下の反。軽音。音が近いのは其下の反。他国における音は疑可の反。
伽字 重音。渠我の反。
哦字 魚下の反。音が近いのは魚可の反。他国における音は魚講の反。別体はに作る。麼多を加える。
已上五字牙声
者字 止下の反。音が近いのは作可の反。
車字 昌下の反。音が近いのは倉可の反。別体はに作る。
社字 杓下の反。軽音。音が近いのは作可の反。他国における音は而下の反。別体はに作る。
社字 重音。音が近いのは昨我の反。
若字 而下の反。音が近いのは若我の反。他国における音は壤。別体はに作る。
已上五字歯声
吒字 卓下の反。音が近いのは卓我の反。別体はに作る。麼多を加える。
侘字 拆下の反。音が近いのは折我の反。別体はと作る。
荼字 宅下の反。軽音。他国における音は搦下の反。
荼字 重音。音が近いのは幢我の反。
拏字 搦下の反。音が近いのは搦我の反。他国における音は拏講の反。別体はに作る。麼多を加える。
已上五字舌声
多字 怛下の反。音が近いのは多可の反。別体はと作る。
他字 他下の反。音が近いのは他可の反。
𨹔字 大下の反。軽音。他国における音は𨹔可の反。
𨹔字 重音。音が近いのは𨹔可の反。
那字 捺下の反。音が近いのは那可の反。他国における音は曩。別体はに作る。
已上五字喉声
波字 鉢下の反。音が近いのは波我の反。
頗字 破下の反。音が近いのは破我の反。
婆字 罷下の反。軽音。他国における音は麼字の下も尖からず。後に異なる。
婆字 重音。薄我の反。
麼字 莫下の反。音が近いのは莫可の反。他国における音は莽。
已上五字脣声
也字 藥下の反。音が近いのは藥可の反。他の音は祗也の反とされるが訛誤である。
囉字 曷力下の反。三合。舌を卷いて囉と発声せよ。
羅字 洛下の反。音が近いのは洛可の反。
嚩字 房下の反。音が近いのは房可の反。旧くは別の音として和。一説に字の下も尖どいという。
奢字 舍下の反。音が近いのは舍可の反。
沙字 沙下の反。音が近いのは沙可の反。もう一つの音は府下の反。
娑字 娑下の反。音が近いのは娑可の反。
訶字 許下の反。音が近いのは許可の反。一説には本音として賀。
濫字 力陷の反。音が近いのは郎紺の反。
叉字 楚下の反。音が近いのは楚可の反。
已上十字遍口声
右、字体三十五字、後(に示す十八)の章には、三十四字をもって体とする。ただし濫〈(llaṃ)〉字は(十八章において)全く摩多を点じることは出来ない。他は(十二韻の摩多に)したがって生ずる所である。詳しくはそれぞれの章においてこれを論ずる通りである。