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Dharmacakra
智慧之大海 ―去聖の為に絶学を継ぐ

慈雲『根本僧制』

原文

第五。律儀是正法之命脈禅那是真智之大源。及八万四千法門。悉皆無非甚深解脱要路。須各随其所楽。日夜専精修習勤学。不得懶惰懈怠悠然送光陰。及諍論浅深逞於宗我

右五条 此正法律、戒体を語するときは、法界塵沙の善法なり。 戒境を談ずるときは、六大諸法、無漏融摂す。 戒法は、則大小乗一切所制。三聚円成す。 戒行は、則諸律を融摂して規度を定め、顕密諸教を奉持して心地を浄む。 戒相は、則制あるは制に従ふ。自ら遮せず。但だに佛説に順ず。一毫の私意を存ぜず。

如是護持して弥勒の出世を期す。これを正法の命脈と云。一切経みな定を詮するの教なり。顕あり密あり。大小偏円あり。其の要は三十七品にあり。 修に従て徳を顕す。或は凡心に即して佛心を見る。或は世間に在て第一義諦に達す。あるひは現身に聖域に入るべし。あるひは一念心上に三世を融す。且く称して真智の大源とす。

今しばらく四宗を標す。各々左右妨げねども、各々その源に合ふべし。 真言宗は印法不思議なり。其の入壇のとき、大阿遮梨金剛菩提薩埵を鉤召して、これを弟子の心中におく。心中頓に一大阿僧祇劫所集の福徳智慧を獲得すと云ヘり。若伝法をうれば、五部の諸尊つねに此人に隨逐す。其ノ法に入るもの自べし。

今時末世、不空三蔵の名位爵禄あるを看て、密教は即俗而真の法門なれば、王公に親近して官禄を求め、是に依て法を荘厳するも妨げぬと思へり。これ等は密教即俗の義を謬解せる者なり。不空三蔵の官禄あるは、不空の志にあらず。また一時唐代の衰頽を救ふの方便なり。 例せば馬鳴菩薩の、伎人の衣服を着して那羅伎を唱へし如く也。能く馬鳴菩薩を学ぶ者は、那羅伎を学ぶべからず。よく不空三蔵を学ぶ者は、官禄を厭捨すべし。正法の規則違すべからざる也

現代語訳

第五:律儀は是れ正法の命脈、禅那は是れ真智の大源、及び八万四千の法門は、悉く皆甚深解脱の要路に非ざること無し。須く各其の所楽に随て、日夜に専精して修習し勤学すべし。懶惰懈怠、悠然として光陰を送り、及び浅深を諍論し宗我を逞することを得ず。

以上の五条、この正法律では、戒体について言うならば、法界塵沙の善法である。戒境を論じるならば、六大諸法、漏・無漏をも全て納めとる。戒法は、すなわち大乗・小乗全ての所制であって三聚を円全する。戒行は、すなわち諸律をす融和して規度を定め、顕教・密教を奉持して、その心を浄める。戒相は、すなわち制あることには制に従い、自ら廃さない。ただ偏に仏説に順じる。一毫として私意を交えない。

このように護持して弥勒の出世を俟つ。これを「正法の命脈」と言う。一切経はみな定を備えるための教えであり、顕教と密教があり、大乗と小乗、偏と円がある。その要は三十七品〈三十七菩提分法〉にあり、修行すればその徳が顕われる。ある者は凡心に即して仏心をみる。ある者は俗世間にあって第一義諦に達する。ある者は、この身において聖者の域に入るであろう。ある者は一念の心に三世を納めとる。そこで(三十七品を)仮に称して「真智の大源」とする。

今は仮に四宗を標榜する。それぞれ左右妨たげるものではないが、各々その源に適うであろう。真言宗は印法不思議である。(受者が)その入檀のとき、大阿遮梨は金剛菩提薩埵を(印法によって)鉤召して、これを弟子の心中におく。すると(受者の)心中に、たちまち一大阿僧祇劫に積み集めた程の福徳智慧を獲得すると言われる。もし伝法灌頂まで受け得たならば、五部の諸尊は常にその人に隨逐する。その法に入る者は自ら知れ。

今時の末世には、不空三蔵が(皇帝からの)名位爵禄があったことを知ると、密教は「即俗而真の法門であるから、王公に親近して官禄を求め、これに依って仏法を荘厳しても差し障りはない」と思っている。その様なのは「密教即俗」の意義を謬解した者である。不空三蔵に官禄があったのは、不空の本志ではない。ある時、唐代の衰頽を救うための方便であった。例えば、馬鳴菩薩が伎人の衣服を着て那羅伎(詩吟)を唱えたようなものである。よく馬鳴菩薩を学ぶ者は、那羅伎を学んではならない。よく不空三蔵を学ぶ者は、官禄を厭捨せよ。正法の規則を違えてはならない。

脚註

  1. 律儀是正法之命脈

    先に「僧坊之立制者是佛法之命脈」と言ったのに加え、ここでまた「律儀は是れ正法の命脈」と重ねて言っている。このような説の根拠は律蔵および律の注釈書にあるもので、日本に限らずおよそ仏教国での共通認識であった。これは中世において栄西もまた強調している(『出家大綱』「厥佛法者齋戒爲命根」)

  2. 禅那ぜんな

    [S]dhyānaまたは[P]jhānaの音写。三昧(定)のうち特に深い心の状態で、これに四禅といい四段階ある。

  3. 八万四千法門

    仏陀の教えが人の能力や立場に応じて巧みに、そして様々に説かれたことの比喩的表現。仏陀の教えは八万四千に及ぶとインド以来表現されるが、それはあくまで称賛の意を含めた比喩。

  4. 戒体かいたい

    戒を受けたことによって備わるという、悪を止め善を修めようとする心の働き。
    ここで慈雲が以下に次々挙げている戒体・戒法・戒行・戒相は、支那以来の律宗、例えば南山大師の説に基づく戒に関する四分類。道宣律師『四分律刪繁補闕行事鈔』「且據樞要略標四種。一者戒法。二者戒體。三者戒行。四者戒相」(T40, p.4b)

  5. 戒境かいきょう

    戒の対象。戒を受けた者の制すべき対象、たとえば五欲など。慈雲はそれを「六大諸法、漏無漏」と言い、すなわち全てとしている。

  6. 六大ろくだい

    仏教においてこの世全てを構成しているとする六種のモノ、構成要素。その六とは地・水・火・風・空・識で、それぞれ硬軟・乾湿・冷熱・動不動・空間・識(知ること)の性質を表し、それら六大が集まったものを一単位としてモノが構成される、と考えられている。大は普遍の意。個物それぞれに異なった特徴・性質があるのは、それら集まった六大のうち一大あるいはそれらの内幾つかの性質が特に優勢となって現れている結果であると言われる。
    仏教では他に、特に物質にのみ焦点を当てて空と識を除いた地・水・火・風の四大、物質の場としての空を含めて識を挙げない地・水・火・風・空の五大が言われる。また日本密教の世界観においては特に六大が強調される。

  7. 煩悩。

  8. 戒法かいほう

    五戒・八斎戒・十善戒、あるいは二百五十戒とも言われる律の諸条項におけるたとえば不殺生・不偸盗・不邪淫など、その具体的な条項。

  9. 戒行かいぎょう

    戒を具体的に実行すること。様々な戒に説かれている内容を理解し、身体・言語・精神のいわゆる三業において現実に行うこと。

  10. 戒相かいそう

    戒条について詳細。ある行為が適法であるか違反であるか。もし違反であればその罪の軽重など。

  11. 弥勒みろくの出世を期す

    釈迦牟尼の次に現れる仏陀は大乗・小乗問わず弥勒仏であるとされ、それは釈尊の滅後五十六億七千万年後のことであるという。この時を弥勒出生、あるいは彌勒下生という。今はまだ弥勒は仏陀ではなく菩薩として天界(兜率天)にて修行を積んでいる最中であるとされる。

  12. 大小偏円だいしょうへんえん

    大乗と小乗、偏教と円教。仏教といっても種々様々な教えがあること。

  13. 三十七品さんじゅうしちほん

    阿含から大乗経にまで通じて説かれる、仏教のもっとも正統・伝統的な修道体系。三十七菩提分法とも。七つの範疇とは、四念処(四念住)・四正勤・四神足・五根・五力・七覚支・八正道。もっとも、厳密に言えば三十七品の中、具体的修道法はただ四念処と七覚支のみ。

  14. 第一義諦だいいちぎたい

    仏教では真理に世俗諦と第一義諦との二階層である。世俗諦は、世間一般で常識的に真理であるとされるもの。第一義諦は、言葉を超えた、言葉で表現することの出来ない究極の真理。

  15. 現身げんしんに聖域に入る

    今生において聖者の境地に達すること。具体的には、声聞上において「聖域に入る」とは見道に入ること、すなわち預流(須陀洹)となること。また大乗・菩薩乗においては、無生法忍に至ること。さらにまた金剛乗においては、今生に無上正等正覚を得ること。
    (伝統説で「仏陀」となりえるのは三十二相好を有してこの世に生まれた者、仏陀とは三十二相好、さらに無上正等正覚を備えた者なのであって、巷間の「密教とはこの身このままで仏陀となる教え」などと安易に言われる即身成仏は絵空事。)

  16. 一念心上いちねんしんじょうに三世を融す

    ここに言われる一念の「念」とは、一瞬とも言うに満たない極めて短い、心が生起してから滅するまでの仏教における時間の最小単位。そのような極々短い瞬間に、三世すなわち現在・過去・未来を包含している、という天台で説かれる一念三千を意図しての言。

  17. 四宗ししゅう

    真言宗・天台宗・禅宗・律宗。実はこれは、建仁寺の栄西および泉涌寺の俊芿などにおける中世の態度と変わらぬものである(ただし泉涌寺で言われる四宗兼学とは真言・天台・禅・浄土であり、律は自明のものとしていた)。 ここで慈雲は、これら四宗のみを認めるという意味で挙げれているのでなく、あくまで「今しばらく」すなわち「今はとりあえず」と言い、そのような伝統的な態度を取りつつ、別に浄土でも日蓮の徒でも、その人が正しく戒律を修め、修禅に励む者であれば一派同朋であるとしていた。(もっとも、浄土宗はまあありえるとして、真宗の人で持戒の人があったとすれば、そのような人はむしろ真宗自体から弾かれるであろう。)
    実際、これはもうすこし時を経てからのことであるが、慈雲の元には浄土でありながら律を奉じた一派の人々と親交があり、慈雲は彼らを受け入れていた。

  18. 入壇にゅうだん

    灌頂を受けること。

  19. 大阿闍梨だいあじゃり

    阿闍梨とは[S]ācāryaの音写で、先生・師の意。阿闍梨耶とも。ここでは特に『大日経』具縁品に説かれる十三徳を備え、伝法灌頂を受けた密教を他者に教え授ける資格ある者のこと。

  20. 金剛菩提薩埵こんごうぼさつさった

    金剛薩埵(vajrasattva)。密教において最も重要な尊格の一人。 密教行者の理想像として種々に説かれる。例えば『大日経』は、大日如来より金剛薩埵へと初めて密教が開示されたことを伝える経典。このことから、支那および日本に伝わった現代にいわれるところの中期密教においては、密教の第二祖とされる。

  21. 一大阿僧祇劫いちだいあそうぎこう

    阿僧祇は[S]asaṃkhyeyaの音写で「不可算(数えられない)」の意。劫は[S]kalpaの音写で宇宙論的長大な時間を意味する語。もはやこれを具体的にどれほどの長さかと考えることすら無駄と思えるほど長大な時間。

  22. 福徳智慧ふくとくちえ

    六波羅蜜のうち、布施・持戒・ニンニ。

  23. 五部ごぶ

    『金剛頂経』に説かれる仏部・金剛部・蓮華部・宝部・羯磨部という五種の範疇に分けられる諸如来およびその眷属たる諸菩薩・諸明王・諸天。ここでは「すべての諸仏・諸菩薩・諸明王・諸天」との意で解して良いであろう。

  24. 不空三蔵ふくうさんぞう

    不空とは、インド出身で支那において育ったAmoghavajra〈705-774〉の漢訳名。『初会金剛頂経』を筆頭とする重要な密教経典・儀軌を多数、支那にて訳しており、四大三蔵法師の一人として称えられている。これによって不空三蔵とも称され、密教の阿闍梨としては不空金剛と称される。
    不空が密教を安禄山の乱を平定するため皇帝の下命をうけて調伏法を行った所、安禄山は部下に裏切られて暗殺され、ついに乱は収束に向かったとされる。これを不空の調伏法の功であるとみなした帝から篤く尊崇を受けることとなり、唐代の支那における密教の地位は盤石のものとなる。不空には多くの弟子があったが、その中で嗣法の弟子とされたのは恵果阿闍梨であった。この恵果の元に日本からたまたまやって来た空海は、その機根の適していることを、「待っていた」として認められる。入唐直前に出家得度したばかりの空海であったのに関わらず、密教の正嫡となった。
    ここで慈雲が「今時末世、不空三蔵の名位爵禄あるを看て」云云と言っているのは、不空が唐の玄宗・粛宗・代宗と皇帝三代にわたる帰依を受けてその庇護下にあり、官位をすら授けられていたことにかこつけていた者が当時多くあったことを示している。

  25. 馬鳴菩薩めみょうぼさつ

    馬鳴は紀元一からニ世紀に活躍したインド僧Aśvaghoṣaの漢訳名。バラモン出身の学僧で正規のサンスクリットによる詩文を良くし、その著Buddhacarita(その漢訳が『仏所行讃』)は特に有名。例えばセイロンでは、この書は分別説部の伝統に属さないものであるが、現在も愛読されている。また、往古の日本には伝わらなかったSaundaranandaは今もインド亜大陸の仏教者はもとよりサンスクリット学習者に愛読されている。また馬鳴は、支那・日本などの漢語仏教圏においては『大乗起信論』の著者として尊敬された。

  26. 那羅伎ならぎ

    那羅伎という語自体は『賢愚経』に見られるが、そのまま該当するサンスクリットは見当がつかない。もっとも那羅はサンスクリットnaṭaの音写で歌舞音曲の意。伎戲と漢訳される。おそらく、馬鳴菩薩は詩文楽曲をよくしたと伝説されていることから、那羅伎とはそのまま歌舞音曲のことであろう。ここで慈雲が「能く馬鳴菩薩を学ぶ者は、那羅伎を学ぶべからず」と言っているのは、当時も世間の僧職者に馬鳴菩薩の故事にかこつけ、僧でありながら俗服を着て歌舞音曲に耽る輩が多くあったためであろう。

慈雲尊者について

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