『三昧耶戒和釋』は、慈雲尊者がその僧俗の門人らに対して三昧耶戒とは何かを平易に説いた書です。特に初門の人々に説かれたものであって、あくまで簡明直截であることから、あるいは三昧耶戒とは何たるかを真に詳しく知らんとする人には、本書は物足りなく感ぜられるかもしれません。
本書がいつ頃著されたのかは定かでありません。慈雲は戒律・修禅・悉曇学・神道・密教など幅広い分野を生涯にわたり深め続け、こまめにそれまでの著述や筆記されたものを訂正・整理されるなどして過ごしていますが、晩年は特に密教について更に掘り下げています。例えば慈雲七十九歳の寛政八年〈1795〉、高貴寺にて両部曼荼羅を講述し、さらに翌々年の阿彌陀寺でも同じくしていますが、その筆記であった『両部曼荼羅隨聞記』の広略二本は、両部曼荼羅の実際を知るについて現代においてもなお必読の名著となっています。これは考証の要があることではありますが、あるいは慈雲がこの『三昧耶戒和釋』を著述したのは、その頃のことであったかもしれません。
さて、慈雲は当時の真言僧らが説く三昧耶戒について忌憚なく以下のように評しています。
密教の三昧耶戒は近世邪説多し。
密教の三昧耶戒について近年は邪説を説く者が多い。
慈雲尊者『戒学要語』(『慈雲尊者全集』, vol.6, p.44)
これは現在においてもなお全く同様で、むしろ邪説と謂うにすら値しない、根拠も無く意味も不明のご冗談としか思えぬことを至極真面目な顔をして説く僧職の人こそ多く見られます。三昧耶戒についてそれがさも伝統説であるかのように、しかし根拠などまるで無い思いつきや世間迎合の説を述べる人は古来、世に少なくありません。中でも多いのは「三昧耶戒は密教独自の戒であって、顕教の諸戒は我が宗徒には無用の沙汰」という輩です。またしばしば、何の意味もわかっておらずに「仏も人もビョードー!我々はホトケサマと同じデス」と繰り返す輩も見られます。
対して三昧耶戒を確たる典拠によりつつまた三国以来の伝統に則って、しかも平易かつ簡潔に説く書は実に世に稀です。
そもそも三昧耶戒は密教を行ずる者には必須であって、これを受持して正しく理解することなしにはあり得ない初歩の初歩、実にその根本です。にも関わらず、それについて「邪説」こそ説くようなが極めて多く、またそれが放置されたままということは、真言僧一般の内実を示しているということになるでしょう。
ところで、三昧耶戒の三昧耶とは、サンスクリットsamayaの音写語であって密教におけるその伝統的な語義は平等・本誓・除障・驚覚とされます。慈雲は三昧耶戒について講説するにあたり、中でも平等と本誓の意義に焦点を絞って説いています。平等とは、諸仏と我自身と衆生とが本質的に同等であることを意味します。何をもって同等であるとするのかといえば、それらすべてが六大所造であることによります。六大とは、地・水・火・風・空・識という六種のことなる性質をもった要素で、事物そして意識を構成するものです。それらが具体的にどういうものであるかは、本書において慈雲が平易に説明しています。
そのように諸仏と我自身と衆生とが本質的には平等である、などと言ってはみても、しかし諸仏はそれを脱した存在であるのに対し、我々および衆生は生死輪廻して苦しみの渦中にあり、そこから抜け出すことも出来ず同じ過ちを繰り返し続けている。それは何故か。何がその違いを生み出しているか。それは本不生という真理を知らぬ、その真理に迷うがため、という一点に集約されます。
(本不生とは何を意味するかについては本文の脚注参照のこと。)
しかし、ここで平等ということについて注意しなければならないことがあります。平等などといっても、現今の日本で叫ばれる西洋の潮流を受けてただその真似事をしたが如きビョードーでは決してないということです。
それは時に、味噌と糞とを一緒にするようなもので、ただ西洋の標準にひたすら追従するためだけであることが多いように思われます。それは、それ以外の必然性やそこに到るまでの歴史や議論などもすべてすっ飛ばし、形も大きさもまったく異なる人形の首をすげ替えようとするが如き、非常に乱暴なものです。もっとも、それは、夏目漱石がすでに指摘しているように明治維新から大正期にも多く見られた日本人の態度であって、大東亜戦争終結後にもやはり見られ続けている傾向なのですけれども。
ところで、慈雲は仏教の説く「平等」ということについての儒教からしばしばなされた論難に対し、以下のように反論しています。
佛教の中には、上下尊卑の境に其差別有。なしと云べからずじゃ。平等と云ことを。山を崩し谷を塡みて一樣にすることの樣に思ふは。愚痴の至りじゃ。窮屈過ぎたことじゃ。
仏教の中には上下尊卑の違いにその差別がある。無いとは言えないのだ。平等ということを山を崩して谷を埋めて平らかにすることのように思うのは、愚痴の至りというものである。あまりに窮屈〈四角四面〉というものだ。
慈雲尊者『十善法語』巻第二 不偸盗戒 安永二年癸巳十二月八日示衆
仏教の説く平等ということは、決して「山を崩し谷を填みて一様にすること」ではありません。むしろ、そのように捉えている真言の僧職者は非常に多くありますが、これは平等ということを理解するのに心すべきことです。このような慈雲の言葉は、尊者が意図した儒教からの批判に対してだけではなく、現代人の多くの思想に対しても言えるものでありましょう。
閑話休題。仏教、特に密教の説く平等ということを自覚し、自らその苦海から抜け出すことを志して、さらに他者をも抜け出させようとの思いを起こす。すると、それが三昧耶の本誓の意義となって、具体的なその内容が五大願となります。ならばではその五大願とは何か、ということが問題となりますが、それもやはり本文における尊者の言葉に譲ります。
慈雲は、「三昧耶とは平等・本誓・除障・驚覚の意味である」などと、ただ文字面だけ人に知らせようというのではなく、三昧耶とは我々の本質がいかなるものかを知り(平等)、その上でそこに横たわる問題に気づいてこれを自他ともに解決・脱却していこうと誓う(本誓)ことに焦点を絞り、それを一連の流れとして示しています。
ただ三昧耶の意味内容を知ったとして、またそれを知った上で誓願したとて、それ以降忘れてしまい何ら自ら現実の努力もせぬままであれば、やはり意味などありません。そこで慈雲は、あくまでこれを現実のものとしていかに護持し実行するかに重点を置いています。
慈雲は三昧耶の平等と本誓という語義説明に続き、ではどうこれを保ち行うかの具体的な術が三聚浄戒であるとし、これも同様に簡潔ながらも具体的に示しています。慈雲による本書の核心は、先程述べたように「いかに現実にこれを護持し、実行していくか」にあります。いくら高邁の思想を世人に展開し、アレとコレと比較してその浅深高低を論じ、これはカクカクシカジカの意味であるだのと傍観者的に言うばかりでは、自ら苦を脱することは決して叶わず、他をその道に導くことなど出来はしません。
いや、往古の支那において道教など外道の者に対して仏教を擁護し、その何たるかの鋭い論陣を張った牟子によれば、語るだけの者であっても有用であって価値がある。
若知而不言可也。既不能知又不能言愚人也。故能言不能行國之師也。能行不能言國之用也。能行能言國之寶也。三品各有所施。何徳之賊乎。唯不能言。又不能行。是謂賊也
もし(道を)知っていながら言わないのはまあ良い。しかし、何も知りもせず何も言わないのは愚人である。したがって、よく語ることが出来ても行うことが出来ない者は国の師である。よく行えるも語ることが出来ない者は国の用である。よく行い、よく語ることが出来るのは国の宝である。それら三品それぞれが(世人に)貢献する所がある。これがどうして「徳の賊」であろうか。ただ語ることも出来ず、行うことも出来ないもの、これを賊というのだ。
牟子『理惑論』(僧祐『弘明集』巻一, T.52, p.5a)
しかし、語ると言ってもその内容がまったく杜撰な憶説であり、あるいは虚偽の説であるなら語らないほうがよほど良く、そのように語る者はむしろ「語ることも出来ず、行うことも出来ないもの」以上に有害なる匪賊であるでしょう。そのような、知りもせずして言おうとする者はなんと評すれば良いのか。
家を建てられない大工は大工ではない。料理の出来ない料理人は料理人ではない。法を知らぬ法律家は法律家ではない。そもそも出来ず、知らぬ者は端からそのような職業に就いて生活することは出来ない。ところが、そのようでも成立する職業が日本に二つあります。一つは僧職であり、二つ目は政治家です。
二つ目は例外もあるでしょうからここで問題にしないとして、現今の日本における僧職者はただ頭を丸め、最近は髪を剃ることすらしないのが多くありますが、袈裟衣と彼らが称する実は袈裟衣と言えない奇妙な衣装を付けて念珠をジャラジャラ揉みしだき、自身がひとつも訓じることも出来ず意味もわかっていない漢文を人前で一曲モゴモゴナムナム小一時間ほど披露さえ出来れば成り立ってしまう。仏教を知らず、わかりわかろうともしない者でも仏教僧と称せてしまう。仏教でないことを仏教であるかのように説くその様は、まさに「獅子身中の虫」というべきものです。
少しばかり気の利いた者がなんとかそれっぽい話をしようと勤め、実は仏教などほとんど関しない浪花節を披露し、あるいは自ら高尚に思われるであろうと考えるも全く正当な根拠なき与太話をさも仏教であるかのように人前で開陳するのは今に始まったことではありません。
今時法相似に転じ人高遠にはしる。こと葉弥〃高クして行ますます降る。言たかければ非を文るにたくみなり。行くだるゆへみづからその過を省ることなし。晩達小僧もつねに大乗を称し。俗士庸流も動モすれば向上の宗を談ず。その甚しきは佛法世法二なしとて名利をもとめ。煩悩菩提別あらずと云て聲色にふける者あり。これみな魔外の種族なるべし。
今時は法が相似となり、言葉はいよいよ高くなって行いはますます下劣となっている。言葉が高ければ(他の)非を綴ること巧みとなる。しかし、行いは下劣であるから自からその過失を省みることがない。晩達や小僧もつねに「大乗」を称し、俗士や庸流もややもすれば向上の宗を談じている。中でも甚だしくひどいのは、「仏法と世法とはなんの矛盾もなく一つのものである」などと名誉と財を求め、「煩悩と菩提とに違いはない」とうそぶいて、世俗の娯楽や女の色香に溺れる者達がいる。これらは皆、魔外の種族に他ならない。
慈雲『骨相大意』(『慈雲尊者全集』, vol.6, p.)
慈雲はそのような当時の仏教者らの説くところについて同様のことを、また簡潔に『十善法語』の中にても述べています。
今時の者の法を得ぬは、高遠に走る故じゃ。足もとに在ことを知らず。外に求る故に。假令百千年を歴ても得る時節はなきぞ。
今時の者が法〈悟道〉を得ないのは、高遠〈観念の遊戯〉に走っているためである。(法が)足もとに在ることを知らず、どこか外に求めるためである。(そのようでは、)たとい百年、千年を歴たとしても(法を)得る時節が来ることはない。
慈雲『十善法語』巻十二 不邪見戒之下
以上のような言葉は「かの慈雲尊者が言ったから正しい」・「尊者の言葉であるからアリガタイ」などと言うようなものでは無く、誰が言おうとも厳然たる真実でありましょう。そして、それが仏陀の言葉であろうが尊者の言葉であろうが、いくらそれが本当のことであっても、実際にその言葉通りに、あるいは悩み・苦しみ・あやまち、そして挫折や絶望を味わいながらでも自ら生き行動しなければ法を得ること、その真の価値など知ることは出来ません。
繰り返しますが、「三昧耶戒は密教独自の戒である」・「密教徒に必須」などと言うのみ、あるいは「三昧耶戒とは深遠なる密教の教えが込められたアリガタイものだ」などとその褒めそやすだけ、またはその思想・教学について云々と取り沙汰するのみで、自身の行業になんら行うところがなければまったく意味はありません。あくまでこれを自らが現実にいかに実行し、自他の解脱に資していくかこそ三昧耶において最も肝要な点です。そしてそれは、三昧耶などという一般には馴染みのない言葉から受ける仰々しい語感に比せば、たいして難解でも護持が困難なものでもありません。
三昧耶戒を知らんとする人、またこれを実行しようとする人に、慈雲尊者によるこの書は多くの示唆を与えるものに違いありません。
下愚沙門覺應 拝記