真人元開 『唐鑑真過海大師東征伝』

現代語訳

聞く、そもそも仏法が（印度から）東流し、迦葉（かしょう）摩騰（まとう）は伊洛（いらく）_〈洛陽〉に入って真教（しんきょう）_〈仏教〉を南に広め、僧会（そうえ）は呉都（ごと）_〈建康〉に遊んでいまだこの文_〈仏典〉を失ってはいない。必ず命世（みょうせ）_{〈一時代に突出した人〉}があって、まさにこの道_〈仏道〉を弘めようとする。実に（そのような）明賢（みょうけん）_{〈賢者・智者〉}を待つばかりである。我が皇帝_{〈孝謙天皇〉}は、この龍図（りゅうず）_〈仏教〉によって蒼生（そうしょう）_〈民衆〉を八表（はっぴょう）_{〈全世界〉}において済（すく）い、彼の仏記（ぶっき）_{〈仏の予言〉}を受けて黔首（けんしゅ）_〈人民〉を三乗_{〈声聞乗・縁覚乗・菩薩乗〉}に導く。則ち 鼎（かなえ）を負い、鈞（きん）を擲（な）げ、肩を縫闕（ほうけつ）に比ぶと雖も、盃に乗じて鐸（たく）を聴き、いまだその影を玄門（げんもん）_〈仏門〉に連ねず。ここに鑑真大和尚という人あり。戒網を張ってかつて臨まれた。（そして今、）法進（ほうしん）阿闍梨（あじゃり）が、智炬（ちこ）_{〈智慧という松明〉}で（世間を）照し留まっている。像化（ぞうけ）_{〈像法における教化〉}を担う多くの士が、ここにおいて盛んであると言えよう。（像法期にあっても）玄風（げんぷう）_〈仏教〉が衰退することがないのは、まことにそれら（諸師があること）による。弟子、跡を囂塵（ごうじん）_{〈俗世間〉}にさまよいつつ、心を真際（しんさい）_〈涅槃〉に馳（は）せる。三帰（さんき）の地_{〈仏教を信奉する国〉}にあることを奉じて一覚（いっかく）_{〈無上菩提〉}の遥（はるか）彼方にあるものでないことを欣（ねが）う。（大和尚の）芳猷（ほうゆう）を賛じようと欲して弱管（じゃっかん）_〈悪筆〉を奮（ふる）う。

摩騰（まとう）、漢闕（かんけつ）に遊び、僧会（そうえ）、呉官に入る。
豈に若（しから）んや真和尚、章を含で海東に渡る。
禅林戒網、密（こまかなり）。慧苑覚華、豊（ゆたか）なり。
玄津（げんしん）の路を識んと欲して、緇門（しもん）、妙工（みょうく）を得たり。
我は是れ無明の客、長く有漏の津に迷う。
今朝、善誘を蒙り、懐抱（かいほう）、埃塵（あいじん）を絶す。
道種、将に夏に崩んとす。空華、更（さら）に春に落つ。
自ら三宝（さんぼう）の徳に帰して、誰か六魔（ろくま）の瞋（いかる）ことを畏れん。

日本国伝灯沙門釈思託

上徳、杯に乗じて渡り、金人、道巳に東す。
戒香、餘て馥（かおり）を散じ、慧炬、復た風を流（つた）う。
月隱れて霊鷲（りょうじゅ）に帰り、珠逃れて梵宮（ぼんぐう）に入る。
神は飛ぶ生死（しょうじ）の表（うえ）、遺教法門の中。

伝灯賢大法師大僧都沙門釈法進

大師の慈育、円空に契（かな）う。遠邁（おんまい）、灯と伝て東海を照す。
物を度す草籌、石室に盈（み）ち、仏戒を散流（さんる）して遺蹤（ゆいしょう）を紹き、
化（け）畢て分身浄国に帰る。娑婆（しゃば）、誰か復た爲に龍を驗（み）ん。

金紫光禄大夫（きんしこうろくたいふ）中納言行式部卿（しきぶきょう）石上宅嗣（いそのかみのやかつぐ）

上德、遷化に從ひ、餘燈、風を斷んと欲す。
招提（しょうだい）、禅草剗（か）り、戒院、覚華（かくけ）空し。
生死（しょうじ）悲て恨（うらみ）を含み、真如歓び豈に窮せんや。
惟（ただ）視る常修の者。処として遺蹤（ゆいしょう）ならざるは無し。

図書寮（ずしょりょう）兼但馬守（たじまのかみ）藤原朝臣（ふじわらのあそん）刷雄（よしお）

万里伝灯照し、風雲遠国に香し、
禅光、百億に耀（かがや）き、戒月、千鄕に皎（あきら）かなり。
哀い哉、浄土に帰ること。悲ふ哉、泉場に赴（むか）う。
語を寄す騰蘭（とうらん）の跡、洪慈、万代光れり。

都虞候（とぐこう）冦軍大將軍試大常卿（しだいじょうきょう）上柱国（じょうちゅうこく）高鶴林（こう かくりん）

上方、仏教を伝う。名僧、鑑真と号す。
懐蔵、隣国に通し、真如、民に転付す。
早く嫌う、五濁（ごじょく）に居ることを。寂滅、囂塵（ごうじん）を離る。
禅院、今より古（よよ）り、青松（しょうしょう）、塔を遶て新（あらた）なり。
法は千載に留（とどまり）て住し、名は記す、万年の春。

法務贈大僧正唐鑑真過海大師東征伝

宝暦十二壬午年_〈1762〉猛春彫刻成